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みえの文化びと

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みえの文化びと一覧

地域 名前 プロフィール 登録日 詳細
中勢地域 紀平 昌伸  映画看板職人・紀平昌伸さんは、1939年に津市安濃町に生まれました。2021年現在で81歳になりますが、今も現役で作品を制作しています。1955年に15才で映画看板職人に弟子入りして以来、これまでに多くの映画作品の大看板を制作してきました。

 23歳のとき、師事していた職人のもとから独立して「キヒラ工房」を設立しました。1963年です。カラーテレビが普及するきっかけとなった東京オリンピックが1964年のことですから、人々の娯楽といえば、まずは映画だった時代です。紀平さんが活動していた津市内には最盛期で9館もの映画館が並び、1週間ごとに2本立ての映画が入れ替わり上映される時代でした。皆が、テレビのスイッチを入れるように映画館に出かけていました。紀平さんはそのうち3館からの仕事を請け負っていました。映画館の入り口に掲げる看板に加え、街頭の広告に使う看板も制作しました。工房を設立する前後、最も忙しい時期には週に6枚以上の看板を仕上げていました。

 ただ、ご存知のように、テレビの普及などに伴い、次第に映画は娯楽の中心から外れていきました。キヒラ工房の仕事も、百貨店などの広告看板に移行していきます。そんな中でも紀平さんの看板制作の技術は冴えわたり、1982年の「第1回1級技能士全国技能グランプリ」には三重県代表選手として出場して、全国で第3位、銅賞に輝きました。2004年には、映画看板と必ずしも関係のない看板制作技術で、卓越技能賞「現代の名工」を受賞しました。紀平さんの人生から映画看板が遠いものになるかと思われました。

 しかし、2005年に、紀平さんは、「第1回全国1級技能士優秀作品展」に映画の看板を出展し、ふたたび映画の看板を描きためていきます。2007年の「春の黄綬褒章」の受章や、NHKテレビ「東海の技」への出演を経て、2009年、津リージョンプラザにて初の個展を開き、映画看板51作品を出品しました。それ以降、精力的に映画看板の作品の展示を行っていきます。

 ちなみに、紀平さんは、母校の草生小学校や地元の公民館で、映画看板に必須なスキルである似顔絵制作の指導も行っています。また、映画看板の応用で、観光地にある顔出し看板も多数制作しています。

 そして、2012年 封切映画としては43年ぶりに、「アベンジャーズ」の映画看板制作を行い、各所で展示しました。

 2021年、紀平さんは今も精力的に多くの映画看板を描き続けています。


令和03年7月14日 詳細
中勢地域 稲葉祐三  声楽家・稲葉祐三さんは、長年にわたり、数多くのリサイタルを開催するとともに、オペラ出演や各種音楽界のソリストとして活躍しました。

 また、音楽教育指導者として、県立四日市南高等学校、津高等学校で音楽教育に携わる傍ら、それらの高校の合唱部を指揮・指導し、県代表として中部合唱コンクール出場の常連校に導くとともに、大会にて多数の賞を受賞するまでに育て上げています。

 さらに、津女声合唱団をはじめとする、地域の多くの一般合唱団で常任指揮者を務め、その育成に尽力しました。それぞれの合唱団に数十年にわたり腰を据えて指導に取り組み、幾度となく全国大会に導いています。

 そして、三重県合唱連盟理事長として、県下の合唱界を牽引するとともに、平成6年の国民文化祭オペラ公演では、合唱・オペラ部門実行委員として活躍、成功に導いています。この成功は、三重オペラ協会設立の機運に発展し、稲葉さんは、初代会長としてその後もオペラ公演の継続に尽力し、三重の地にオペラを定着させました。

 さらに、NHK全国学校コンクール三重大会、三重音楽コンクール声楽部門審査委員などを務め、三重県の音楽文化の底上げに貢献してきました。その門下から県内外で活躍する声楽家を複数名輩出したほか、県出身の音楽家の活躍の場として、三重新音楽家協会を立ち上げ、会長として多くの音楽家の活躍を支援するなど、人材育成に顕著な功績をあげました。

 平成23年には三重県文化賞の文化大賞を受賞し、令和3年には、県民功労者表彰における文化功労者として表彰されています。


(主な受賞歴)
平成6年 三重県教育功労者表彰
平成11年 文化庁・地域文化功労者表彰
     三銀ふるさと三重文化賞
平成23年 三重県文化賞文化大賞
令和3年 県民功労者表彰(文化功労)


※県民功労者表彰は、本県の各界において県民の模範となり、かつ、公共、教育文化、福祉衛生、産業、生活などの事績により、県勢の伸展に寄与された方々の功績を讃え顕彰するものです。



令和03年5月20日 詳細
中勢地域 錦かよ子  作曲家・錦かよ子さんは、愛知県立芸術大学音楽研究科在学中から、日本音楽コンクール作曲部門で入選、入賞を果たしていました。そして、昭和55年には、文化庁の舞台芸術創作奨励特別賞を受賞します。

 その後も、ピアノ曲や声楽曲、室内楽曲、管弦楽曲など、多くの作品を全国各地で発表し、特に、長崎の原子爆弾の悲劇を描いた平成25年のオペラ「いのち」は、県内のほか長崎県や新国立劇場でも上演され、全国的に高い評価を受けています。
     
 また、大学教員時代のミュージカルの創作や公演の指導、また、NHK全国学校音楽コンクール、全日本合唱コンクール三重県予選審査委員を通じ、音楽分野の人材育成に尽力するとともに、県内の小中学校、高等学校の校歌や地元企業の社歌を提供するなど、地域における音楽分野の発展にも貢献しています。

 そして、三重オペラ協会理事、三重県文化審議会委員、津市文化振興審議会委員を務め、本県における文化振興の発展に寄与してきました。



 平成29年に三重県文化大賞を受賞した錦さんは、令和2年、文部科学大臣による地域文化功労者表彰を受彰しました。



 令和3年に三重県で開催される「三重とこわか国体・三重とこわか大会」では、錦さんが作曲した6曲のファンファーレが、開・閉会式などで演奏されます。

 ファンファーレはトランペットなどの管楽器で演奏されるのが通常です。しかし、今回はなんと、ファンファーレが人の歌声で演奏されることになっています。この画期的な試みは、錦さんのアイデアです。「管楽器に負けない声量がある人の歌を、ファンファーレにしていけない理由はあるだろうか」という錦さんの思いから実現しました。

 作曲家・錦かよ子さんがこれまでに築き上げてきた多くの華々しい功績は、チャンスがあれば絶対に退くことなく、常に新しい地平を開拓しようとする、錦さんのこのような姿勢の賜物です。



(主な功績)
昭和46年 第40回日本音楽コンクール作曲部門入選(室内楽の部)
昭和49年 第43回日本音楽コンクール作曲部門入賞(管弦楽の部)
昭和51年 暁学園短期大学初等教育学科非常勤講師
昭和55年 文化庁舞台芸術創作奨励特別賞
昭和60年 三重県文化審議会委員
昭和62年 津市文化振興審議会委員
平成 7年 三重オペラ協会理事
平成15年 NHK全国学校音楽コンクール三重県予選審査委員
平成18年 津市文化振興審議会委員
平成20年 三重県文化審議会委員
平成23年 皇学館大学教育学部教授
平成24年 全日本合唱コンクール三重県予選審査委員
平成29年 第16回三重県文化賞文化大賞
第49回東海テレビ文化賞
令和2年  地域文化功労者表彰


令和03年4月22日 詳細
中勢地域 大川吉崇(おおかわよしたか)  大川吉崇さんは、大正時代から昭和初期の三重県の食文化に関する調査を、50年以上にわたり実施しました。

 大川さんは「三重民俗研究会」の代表世話人となり、その調査結果から論文を作成し、全国の民俗学系学科開設の大学及び博物館、民俗学研究会等に20年間にわたり継続して配布しました。それらの論文は、県外の論文等において幾度も引用・紹介され、三重の文化を全国に知ってもらうのに多大な貢献をしています。さらに論文や調査結果が何冊もの書籍にまとめられ、出版を通じても三重の文化を世に広めてきました。

 また、大川さんは、「みえ食文化研究会」運営委員長、「三重ブランド認定委員会」委員や「みえ食の産業振興ビジョン検討委員会」委員長を歴任することを通じても、三重県の食文化の普及に大きな貢献をしてきました。

 そして、大川さんは、専門技術を有する人材に地域で活躍してもらうには、その人たちへの郷土教育が欠かせないと考えています。そこで、若者に対して、三重大学や三重調理専門学校、三重介護福祉専門学校等において、大川さんが三重県の文化や歴史に関する授業を担当しています。郷土を愛し、地元のために働く人材へと養成するためです。

 さらに、大川さんは、大人が三重県の歴史や文化を知らずして、子どもたちへの郷土教育は成しえないとも考えています。そのため、高齢者を対象に地元の老人福祉センターにおいて郷土文化に関する講座を開催するなど、人材養成への貢献は様々な世代にわたります。


<履歴>
昭和16年 旧満州国に生まれ、津市にて少年期を過ごす
昭和36年 高野山大学文学部仏教学科入学
昭和40年 松阪市の私立三重高校で日本史担当教員
昭和44年 津市の学校法人大川学園に移籍
昭和62年 三重民俗研究会 代表世話人
平成7年  同学園理事長に就任(現在まで)
平成11年 みえ食文化研究会 運営委員長
平成13年 公益社団法人全国調理師養成施設協会副会長
平成14年 三重県立斎宮歴史博物館友の会会長
平成16年 三重県私立幼稚園協会(現:一般社団法人三重県私立幼稚園・認定こども園協会)会長
平成20年 一般社団法人三重県レクリエーション協会会長(現在まで)
令和2年  第19回三重県文化大賞受賞

<著書歴>
昭和54年 『鈴鹿山系の伝承と歴史―今昔の史書と郷土を愛する人の地誌』
昭和61年 『食べもの三国誌―伊勢・志摩・伊賀と熊野の民俗散歩』
平成20年 『三重県の食生活と食文化』
平成23年 『大台ヶ原山知られざる謎』
平成30年 『三重県食文化事典』
令和2年  『1955の夏 語り伝えたい話』


令和02年9月25日 詳細
中勢地域 園田幸男  園田幸男さんは、公立中学校・高等学校教諭として勤務する傍ら、吹奏楽指導者として、音楽文化の発展・向上に寄与しました。

 園田さんが指導した三重県立白子高校の吹奏楽部は、県内有数の実力を持つ吹奏楽団に育ちました。同校の吹奏楽部は、全日本吹奏楽コンクール等の全国的な大会でも優秀な成績を残しています。

 また、園田さんは三重県吹奏楽連盟に永年にわたって参画し、会長、顧問など要職を歴任しています。その活動を通じて、県内の吹奏楽団体の育成を促進することに多大な貢献をしました。

 その貢献の中でもとくに注目すべきは、昭和50年に三重県で開催された第30回国民体育大会での式典音楽の充実に尽力したことです。その式典の成功は、三重県の吹奏楽文化における大きな礎(いしずえ)となっています。

 さらに、昭和53年、若者に「生の音楽」を聴いてもらうことを目的として、津コンサート協会を設立しました。20年間で77回ものコンサートを開催しています。その間、活動範囲や規模を広げながら、地元の音楽文化の振興に大きな貢献をしました。

 これらの功績により、園田さんはこれまでに多くの表彰を受けています。平成22年には三重県文化賞において文化大賞を受賞し、令和2年には三重県の県民功労者表彰において文化功労の受章者となりました。


S31 三重大学学芸学部四年制中学過程(音楽)卒業
S42 三重県吹奏楽連盟 理事
S44 三重県立白子高等学校教諭
S49 三重県吹奏楽コンクール金賞受賞(S60まで連続)
S51 東海吹奏楽コンクール金賞受賞(S53〜S60も)
S53 津コンサート協会設立
S53 全日本吹奏楽コンクール銀賞受賞(S54、S57も)
S57 全国学校合奏コンクール全国大会最優秀賞受賞
H14 三重県文化会館 アドバイザー
H22 三重県文化賞文化大賞受賞
H26 三重県吹奏楽連盟 会長
R2 三重県 県民功労者表彰 文化功労受章


 そして、園田幸男さんが三重の文化にもたらした三重国体の式典音楽は、三重の未来に向けて、今後も受け継がれていきます。

 県内の中学校・高校の入学式・卒業式で演奏されています。三重大学の吹奏楽団が十八番として演奏しています。未来を担う若者によって受け継がれています。

 そして、令和3年に、再び三重で行われようとしている「とこわか国体」で、46年の時を超えて、その式典音楽の主要曲がプログラムの一部として演奏されることが決まっています。行進曲以外の式典音楽が再び使われることは異例のことです。

 国体の音楽担当である県職員は次のように話します。

「園田先生が私たちにレガシィを与えてくれたように、私たちが今回作り上げた音楽や演奏が、また次の世代に残っていってほしいと願って、今、2021年の国体に向けて準備を進めています。」

 このように未来に受け継がれるものこそが、園田さんの最大の功績かもしれません。


令和02年7月8日 詳細
伊勢・志摩地域 塩本幸子(パールアーティストSACHIKO)  塩本幸子さんは、国内的にも世界的にも珍しい、「本物の真珠を使った絵画アート作品」を制作するアーティストです。墨で描かれたモノクロの下絵に砕いた真珠を貼り付け、輝きを加えた作品を多数制作してきました。

 きっかけは、塩本さんが、一人のインドネシア人画家の作品に出会ったことでした。画家の名前はkuncit(クンチ)さんといいます。
 インドネシアのバリ島には、竹の筆で絵を描く伝統的な技法があります。クンチさんは、その中でも珍しい、竹の筆で墨絵を描く絵師です。その技法で墨絵を描く絵師は、クンチさんを含めて、今は数人しかいないそうです。
 クンチさんの独特の作風が、塩本さんに強烈なイメージを与えました。それは「クンチさんの絵に真珠の輝きを加えたい」というものでした。早速、クンチさんと交渉し、快い承諾を得て、アート制作をはじめました。クンチさんの作品と、本物の真珠の美しさとが最も際立つ方法を、塩本さんは模索しました。
 塩本さんとクンチさんの打ち合わせには、スマートフォンのSNSアプリを使います。塩本さんがメッセージ機能に簡単なインドネシア語を書き込んでイメージを伝え、クンチさんがデッサンを画像送信機能で送ります。そのやりとりを繰り返してイメージが固まると、クンチさんが下絵を制作して日本に送り、塩本さんが真珠アートに仕上げるのです。
 伝統的な作画法と昔ながらの天然素材とが、現代のインターネットを通じて融合し、国境を越えたコラボ芸術が生まれました。

 経緯、素材、発想において、他に類例を探すことが困難なコラボ美術が、「Sachiko&kuncit」の名義で、国内よりも国外で紹介されています。

・日本の美を世界中に紹介するスペインの国際美術書籍「アートメゾンインターナショナル」で、塩本さんの作品が大きくスペースを割いて扱われ、志摩の真珠の美しさに注目する評が付されました。
・2017〜2019年に、A.M.S.C.(国際美術評論家選考委員会)スペイン本部芸術家会員に認定されました。
・英国王立美術家協会RBAの特別名誉会員になりました。
・モナコ公国主催芸術祭に2度出展しました。
・国連欧州本部で開催された世界の平和を祈念する国際平和美術展など、多数の国際美術展に出展し、また多数の書籍にて紹介されています。
・起源がルイ14世治世下の1667年に遡る、フランスの国際公募展「ルサロン」で2年連続入賞し、2019年には同展主催のフランス芸術家協会会員に認定されました。
(以上の記述は、ご本人提供資料を確認の上、それに基づき編集したものです。)


 このように、活動範囲が世界にまたがる塩本さんですが、今も志摩で制作を続けています。


令和02年2月12日 詳細
伊勢・志摩地域 小説家・外城田川忍(ときだがわしのぶ)  現在、出版等のメディアは東京に一極集中していますが、外城田川忍さんは、この三重県で小説の執筆と出版を続けています。

 外城田川さんは、昭和24年、三重県度会郡玉城町に生まれました。高校卒業後、早稲田大学商学部に入学し、上京します。昭和47年に同大学を卒業して、全国紙である産経新聞社に入社しました。
 同社でスポーツ取材を中心に活躍し、新聞記者としてのキャリアを積みました。その後、編集、事業、総務の局次長を歴任します。平成15年に、産経新聞社東北総局長として、仙台に栄転しました。
 その赴任時期に、それまでアマチュア中心だったサッカーやバスケットボールの地方チームがプロ化しました。さらに東北の人たちが熱望していたプロ野球チームもできました。東北のスポーツ報道が盛り上がりました。

 外城田川さんは、東京を離れた後を含め、報道という形で、常にメディアの最先端にいました。

 平成21年に同社を定年退社した後、平成28年に玉城町に住居を移し、作家活動を開始しました。

平成30年 デビュー作『鳥名子舞(となごまい)』出版
令和元年 2作目『勝田街山壱楼(かったまちやまいちろう)』出版

 早大時代はライフル射撃部に所属しました。趣味はゴルフ、囲碁、邪馬台国です。それらの多くが小説の中で活かされています。

 現在、3作目『大岡越前守ビギニング』を執筆中です。
令和01年9月30日 詳細
北勢地域 林 克次  林克次さんは、昭和18年、四日市市に、陶芸家・初代林紫光氏の二男として生誕しました。昭和42年 漆芸家・辻光典氏に師事して創作活動を開始し、陶芸家として長年にわたり優れた業績を重ねています。
 自宅の工房で陶芸教室を開き、人材の育成、後継者の発掘に努める一方で、社会福祉施設において陶芸を教え、高齢者や体に障がいのある人などの生きがいを高め、社会復帰と自立の促進に貢献する活動を積極的に行っています。
 平成6年に第9回国民文化祭三重県実行委員会に企画委員として参加し、また三重県陶芸作家協会(現:三重県陶芸協会)の設立に参画するなど、陶芸文化振興にも努めています。
 陶芸以外でも、平成11年から、毎年5月にいなべ市藤原町で「炎のイベント・窯炎と薪能」を開催するなど、文化発信による地域おこしに貢献しています。 

(主な受賞歴)
昭和47年 「朝日陶芸展」特別賞
       「光風会展」光風工芸賞
昭和58年 三重県文化奨励賞
令和元年 三重県文化大賞

令和01年7月10日 詳細
伊勢・志摩地域 太田穂摂  伊勢市在住の書道家。古典・古筆をベースに伝統を踏まえながら、現代に即した調和体で表した自身の作品の書を着物地の裂を用いて表装・額装し、発表しています。

  1962年 三重県伊勢市生まれ
  1995年 第27回日展初入選(以降20回連続入選)
  2005年 日展会友に承認
  2015年 国指定重要文化財賓日館にて個展(2017・2018)
  2018年 伊勢神宮奉納米を使った特別酒「納蘇(なそ)利(り)」ヒカリ酒販のラベル揮毫
 
 新書派協会に所属し、近藤摂南氏・土井汲泉氏に師事
  日展に入選21回他、読売書法展等各展で入賞・入選多数、
  大阪NHK文化センター講師。  
  新書派協会常務理事、読売書法会理事・審査員、穂(すい)の会(かい)主宰
平成31年3月5日 詳細
伊勢・志摩地域 ササユリの防人 稲葉穂積・美智子  昭和44年、農耕地の周りの竹藪を切り拓いていたとき、美しい“ささゆり”の群生を見つけたが、報道によって多くの人が訪れると、乱獲が相次ぎ、絶滅の危機を感じて、保存会の活動を始めた。その後、訪れる人がさらに楽しめるように、休耕田を利用して「夏草花園」を開園。夫妻でさまざまな花木を育てたが、平成12年からラッセルルピナスを栽培し一般公開すると、色鮮やかな花畑に惹かれ 見頃の5月上旬から中旬になると、県内外から多くの人が訪れる志摩市の観光スポットとなった。 平成30年9月13日 詳細
中勢地域 何 恵娜(か えな) (打ち出し・彫金)鍛金作品制作

2008年 三重大学教育学部卒 美術教育・金属工芸専攻/
2013〜2015年 ヨーロッパの金属工芸の技術を学ぶためイタリアへ留学
2015年 パリ・NEKOコレクションにてパリ会場賞受賞
    フィレンツェのMostra internazionale dell’ Artigianato及び、伯爵家コルシーニ主催のArtigianato Palazzoにて実演販売
帰国後、三重県津市に工房を構え、各地のギャラリー、画廊にて作品展を開催
平成30年8月9日 詳細
北勢地域 森本 紗月(もりもと さつき) 大理石彫刻家

1985年、三重県大台町に生まれる。
高校で彫刻コースを選択し、初めて大理石を彫る。美術を続けるため名古屋芸術大学で塑
像による具象彫刻を学びながら大理石での制作を続ける。
卒業後、2010年から2014年にはイタリアのカッラーラ市にある大理石彫刻の専門学校で技
術を学びながら市内の共同アトリエで自主制作をし、グループ展やシンポジウムに参加。
帰国後は個展を開催。現在は国内で活動を続ける。
平成30年8月9日 詳細
伊勢・志摩地域 高橋 真珠(たかはし またま) 3歳よりヴァイオリンを始める
桐朋女子高等学校音楽科卒業
同大学ディプロマコース修了
アスペン音楽祭 Starling Fellowshipコンクールで最優秀賞受賞を機に、渡米
2001年 シンシナティ音楽大学を卒業
2003年 クリープランド音楽院(修士課程)卒業
ロンドンマスタークラス、スイス・ティボーヴァルガフェスティヴァル等に参加し、スカラシップを授与、記念コンサート等に出演
2005年より兵庫県立芸術文化センター管弦楽団、香港シンフォニエッタ、ニュージーランド、オークランド管弦楽団奏者を務める
2014年に帰国し、現在は伊勢を拠点に日本各地でソロリサイタルを開催している
また、後進の指導や地域巡演のコンサートを展開している
平成30年8月9日 詳細
北勢地域 石崎 旭  ヴォーカリスト、日本カンツォーネ協会会員、日本音楽審査員協会審査員
 四日市市で生まれ、幼少期よりマリンバ界の巨匠田嶌禮子氏らに師事し、音楽活動の道を歩んできました。中高の時代は、合唱部で活動。その後、演劇活動にも参画し、舞台経験を積みました。
  2002〜03年にかけ海外での修行、音楽審査員資格も取得。2007年より、本格的に活動を開始。ライオンズクラブ、祝賀等各種パーティー、都ホテル等を会場としたコンサート、市町村イベント、NPOを含めた各種団体イベントの他更生保護施設、高齢者、障がい者、児童施設でのミニコンサートを数多く行い、毎年ソロライブも開催。
  2016年、初の公式ファーストカヴァーアルバム“仁〜JIN2016”(伊勢志摩サミット応援事業)発売。9月には、アメリカ公演、カトリック教会会他で歌唱。修道士の葬儀で奉納歌唱。絶賛を受けた。12月にカヴァーアルバム売上金の一部を四日市保護司会に寄付。2018年2月、明和町観光大使に任命される。
平成30年7月4日 詳細
中勢地域 関井 英志(せきい ひでし) 1957年 津市美里町(旧安芸郡美里村)生まれ。津市在住。
 1980年より津市片田にある社会福祉法人敬愛会の職員となり、 障害者支援施設 長谷山寮で勤務を始める。
1996年より同支援施設 津長谷山学園に移り、今に至る。
 長谷山寮では陶芸グループを担当。薪で焚くやきもの窯を築き、1985年から『やけもん展』を毎年一回開く。
津長谷山学園に移動してからは、創作グループを担当する。創作活動では、陶芸、紙漉き、絵画、版画等にとりくむ(学園内には他にさをり織りのグループもある)。
 1998年より『へちもん展』(※「へちもん」とは、信楽焼の職人の言葉で、「ふうがわりなもの」のような意味。職人の均質で整った製品に対して、作家の個性的で遊び心のある作品を指して使われた)として、やきものの展示会を毎年一回開き、10回の開催となった。その後、創作活動の直接の担当から離れたため、時間を要するやきものの創作は休止しているが、絵画や版画の創作活動に現在も関わっている。                           
 2012年から開催されている「三重県障がい者芸術文化祭」には毎年作品を出展し、受賞作品も多い。
 自身も自宅に窯を築いたり、木版画作品を制作する等、創作を楽しんでいる。
平成30年5月11日 詳細
伊勢・志摩地域 石原 真伊(いしはら まい)  石原真伊さんは三重県鳥羽市浦村町にある「鳥羽市立 海の博物館」の広報担当として活躍しています。大学ではスペイン語圏の文化や言語を学び、卒業後は三重県志摩市にあるテーマパーク志摩スペイン村に入社します。その後イベント企画会社などを経て、2007年4月から「鳥羽市立 海の博物館」の広報担当として勤務しています。新聞や雑誌、テレビの取材対応、SNSを利用した情報発信を行うほか、海の文化の魅力を伝えるために、企画展の提案などを行っています。 平成30年3月23日 詳細
北勢地域 森川 眞理子(もりかわ まりこ) パステル作家
2015年 第16回 全国公募日美展 入選
2015年 第16回 日本・フランス現代美術世界展 入選
2015年 第29回 パリ国際サロン ドローイング・コンクール部門 入選
2016年 第48回 欧美国際公募コルシカ美術賞展 特別推薦 受賞
2016年 第17回 全国公募日美展 入選
2016年 第17回 日本・フランス現代美術世界展 入選
2017年 第16回 三重県文化賞 文化新人賞 受賞
2017年 全国公募 第1回 日美展 入選
2017年 第31回 パリ国際サロン ドローイング・コンクール部門 入選
平成29年10月17日 詳細
中勢地域 清水 千佳子(しみず ちかこ) 1959年  三重県多気郡多気町に生まれる
1977年  三重大学教育学部入学 美術教育コース(油絵)専攻
1981年  三重大学教育学部卒業 
       卒業後は中学校の美術科教員として勤務
1984年頃〜 動植物画を描き始める
1986年〜 『三重県レッドデータブック2005』(三重県環境保全事業団刊)
        裏表紙イラスト及び書中の挿画数枚を担当
         その他、琵琶湖博物館展示画、大台登山センター展示画、
         京都大学博物館展示画、山野草雑誌に挿画連載など
2011年  30年間勤めた中学校教員を退職
2014年  三重県立熊野古道センターにて、
      「清水千佳子ネイチャーアート展T〜熊野の生きものとその仲間たち〜」開催
       津市アルエンターテイメントスタジオにて、
       個展「ファンタジー ミーツ ネイチャーアート」開催
2015年  菰野町湯の山温泉鹿の湯ホテルにて、
       個展「清水千佳子ネイチャーアート展U〜原画の原画・モノクロームの世界〜」開催      
2017年 7月〜8月いなべ市藤原岳自然科学館にて、
       個展「清水千佳子ネイチャーアート展V〜鈴鹿の山に咲く花とその仲間たち〜」開催
       9月〜10月三重県立熊野古道センターにて、
       個展「清水千佳子ネイチャーアート展W〜熊野に咲く花とその仲間たち〜」開催
       11月三重県松阪市ギャラリーMOSにて、
       「清水千佳子ネイチャーアート展X〜デッサンVS彩色画 ペア展〜」開催予定
平成29年8月26日 詳細
北勢地域 草間 祥介(くさま しょうすけ) 1940年 東京生まれ
2001年 三重県員弁郡東員町にて作陶開始
2008年 東海伝統工芸展 初入選
      三重のやきもの展 奨励賞受賞
2009年 東海伝統工芸展 奨励賞(近鉄賞)受賞
      日本伝統工芸展 初入選
      三重のやきもの展 特別賞・伊賀賞受賞
2010年 東海伝統工芸展 NHK名古屋放送局長賞受賞
      三重のやきもの展 三重県文化振興事業団奨励賞受賞
2011年 東海伝統工芸展 入選
      日本伝統工芸展 入選(宮内庁お買い上げ後、2014年10月
      天皇陛下よりオランダ国王への贈り物になる)
      三重のやきもの展 三重テレビ賞受賞
2012年 東海伝統工芸展 東海伝統工芸展賞受賞
      三重のやきもの展 三重テレビ賞受賞
2013年 東海伝統工芸展 入選
      三重のやきもの展 三重県知事賞受賞
2014年 東海伝統工芸展 入選
2015年 東海伝統工芸展 入選
      日本伝統工芸展 入選
      三重のやきもの展 三重テレビ賞受賞
2016年 東海伝統工芸展 入選
2017年 東海伝統工芸展 入選
      東員町町民栄誉賞 受賞
平成29年8月23日 詳細
伊勢・志摩地域 ユッコ・ミラー(本名:大西 由希子)  ユッコ・ミラー(本名 大西由希子)さんは、三重県伊勢市生まれ、現在は東京都在住のジャズサックス奏者です。3歳よりピアノを習い始め、皇學館高校入学後に見学で訪れた吹奏楽部で、アルトサックスと出会います。初めて音が出た瞬間、衝撃が走り、「世界で活躍するプロになる」と決めたと言います。高校時代は食事・睡眠・授業を受ける以外はサックスの練習に明け暮れる日々を過ごします。ジャズ理論、作曲、編曲、インプロヴィゼーション(即興演奏)などジャズ全般を学び、19歳でプロ活動を開始します。
 エリック・マリエンサル氏、河田健氏に師事。国内外の著名なプレイヤーと共演、レコーディングを行うとともに、数多くのライブ、コンサートに出演。積極的に音楽活動を行っています。2016年にメジャーデビューし、初のアルバム「YUCCO MILLER」を発表しました。
 また、三重県主催の「みえ国際ウィーク2017」講演会&パネルトークのゲストとして招かれました。
平成29年8月4日 詳細
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