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40件のデータがヒットしました。1~40件目のデータを表示しています。

No. 地域 名前 プロフィール 登録日
1 伊勢・志摩地域 上村信二 1962年 3月 三重県伊勢市に生まれる。
1986年 3月 多摩美術大学卒業
1993年11月 伊勢市展入選
1994年11月 伊勢市展努力賞
1995年11月 伊勢市展市議会議長賞
1996年 9月 国民文化祭とやま’96美術展版画部門 佳作
1996年11月 伊勢市展 商工会議所会頭賞
1997年10月 国民文化祭かがわ’97美術展版画部門 入選
2000年 1月 ギャラリーヤマダヤ(伊勢市)にて初個展
2001年11月 伊勢市展努力賞
2004年 2月 三重県教職員美術展奨励賞
2009/05/26 画像
2 伊勢・志摩地域 アマチュア映像カメラマン長尾正男 1951年より、伊勢の河崎で雑貨商を営む。小さい頃より、商業映画、大衆娯楽
(漫才、落語、浪曲等)、読書(大衆小説)に関心を持つようになる。このことが後になって、映像の撮影、編集におおいに役にたったという。
40代には、バイクに乗り、仲間とともに走った。三重県内の林道はすべて走った。 県外にも行った。このときも映像を撮った。今は、河崎の町を撮っている。
2005/11/28 画像
3 伊勢・志摩地域 奥山 勝次、小倉 康正 『ふるさと夢普請(ぶしん)「大平つつじ山夢ぶしん」』というボランティアで活動をされている代表奥山勝次さん(74歳)と小倉康正さん(62歳)をご紹介します。
2006/02/21 画像
4 伊勢・志摩地域 小林扶由 父が学校の絵の教師をしていた影響で、幼児期より生活の中で絵を見てきた。また幼稚園のとき、大学の先生の絵の教室にも通った。小中学校の時には、コンク-ルで賞ももらった。高校では美術部に入り、東京の美術大学短期大学部造形科を卒業する。小さい頃より絵の先生になる夢を持っていたが、教師にならず、地元玉城町にもどり作家活動を続け、今は幼児教育にも力を注いでいる。
二科会[デザイン部]会員(審査員)
日本グラフィックデザイナ-ズ協会員
2006/03/08 画像
5 伊勢・志摩地域 公民館マジック教室 講師 大形 弘 高校の先生をしていた頃より、老人会や女性会などで悪徳商法にだまされないための消費者講座や女性問題などを扱ってきた。そんな中で、マジックを始めるきっかけをつかんだ。今から18年前のことであった。
現在68歳で、三重県教育委員会登録生涯学習講師として、マジック、悪徳商法問題、禁煙問題などの分野で活躍中。伊勢市在住。
三重県奇術協会副会長
著書 「やさしい暮らしの知識」
    「学研・女性百科辞典」(共著)
    「あなたもタバコがやめられる」(共著)
2006/06/08 画像
6 伊勢・志摩地域 森 武史 1957年度会郡玉城町生まれ。
 高校生の時、父より一眼レフを買ってもらった。車が好きだったので鈴鹿サ-キットにカメラを持ってよく行った。これがカメラとの出会いであった。
 大阪芸術大学写真学科に入学、本格的に芸術としての写真を学ぶ。
 東京の雑誌社に就職が決まっていたが、家庭の事情もあり故郷にもどる。地元の写真屋、写真関係の会社に勤めた後、94年、フリ-カメラマンとして独立する。この過程で写真に関する技術、印刷技術等を学を学ぶ。

 出版書
 99年 熊野古道写真集「くまのみち」
 04年 DVD写真集「祈り天空に満ちて」
 06年 「絶海」
2006/10/11 画像
7 伊勢・志摩地域 爪橋 静香 この道に入って40有余年、名古屋・伊勢で活動しております。念願だった「神ヶ岳」の麓に住み、地域の方や子供達に、おもてなしの心で茶道を、自然の花材で華道を教えております。さらに、和裁、着つけも自然体の心で教え、きものに親しみ、日本文化を心に養っていただくよう努力をしております。
日本文化は、まず家庭の中からと、女の心仕事として守り伝えていかねばと思っております。
2007/12/05 画像
8 伊勢・志摩地域 剱山啓助(けんざん けいすけ) 昭和24年生まれ 志摩市布施田出身
青年期に名古屋の「ラテンクォーター」「ペントハウス」で4年間ジャズギタリスト
として活動後、志摩に帰り地元で楽器店「メロディーハウス」を開店し、4年後に
伊勢に移転する。鳥羽志摩のホテルでバンドと和太鼓ショーを続け、8年前に
「二胡」に出会い現在に至る。
「伊勢志摩国立公園60周年自然公園大会」「伊勢ヨイ夜ナ」「ながさき・二胡
フェスティバル」他 福祉施設などで多数演奏。
2009/07/29 画像
9 伊勢・志摩地域 高 潤生(こう じゅんせい)  書道篆刻家 現代印作作家 五十鈴塾講師
 中国ハルビン書法家協会芸術顧問  国際手書き文字Art展審査員

 1954年生まれ、游壽に師事。
 1975年ハルビン工芸美術センター専属書家。
 1980年より書道篆刻作品は第一回全国書法篆刻展、黒龍江省美術館十人展、
 鄧散木芸術館展など多数入選、入賞。
 1983年ハルビン師範大学書道専任講師。
 黒龍江省書法家協会理事、黒龍江省青年書法美術家協会理事、黒龍印社理事、『青少年書法新聞』篆刻選評委員等を歴任。
 1988年より芸術拠点を日本に移し、個展を中心に芸術活動を展開し、国内外の展覧会に多く出品。
 観光名所「おかげ横丁」や世界遺産「熊野古道」などのロゴを創作。
 伝統書道篆刻に加え、新しい文字アートのジャンル「現代印作」、そして「かな篆刻」を開拓し、国内外の芸術界の注目を集め、篆刻芸術の国際的な交流と発展に貢献。

 著書に『高潤生現代印作』、『かな篆刻』など。
 伊勢神宮広報誌『瑞垣』に漢字の旅を連載。
2009/10/21 画像
10 伊勢・志摩地域 中野 晴生 1952年・三重県伊勢市生まれ。 写真家・日本写真家協会会員
実家は伊勢の神宮に神饌を納める鮮魚商で、神苑の中で自然と共に幼少期を過ごす。 
大阪写真専門学校(ビジュアルアーツ・大阪校)で学んだ後、5年間アフリカ・ヨーロッパ・中南米の海外撮影にて多彩な光・異文化・様々な自然の姿・生活する人々から、多くを学び帰国。
「週刊新潮」での3年間にわたる「湖沼の伝説」にて「日本の原風景」という独自の写真観を樹立。
2001年より文部科学省の依頼にて聖書発掘調査隊に同行。イスラエルでの遺跡、遺物
の記録撮影にも携わる。
国内外で取材活動を行い、現在は、第62回式年遷宮の公式記録を撮り続けている。

【写真集・出版書】
「湖沼の伝説」(新潮社)
「伊勢の神宮 神の住む社」(同朋舎メディアプラン)
「伊勢神宮ひとり歩き」(ポプラ舎)
2010/08/12 画像
11 伊勢・志摩地域 水野 昌光 進富座4代目代表。 1958年伊勢市生。
3歳から高校卒業まで山梨・信州に住まう。
関西大学で考古学を専攻し、卒業後大阪府教育委員会埋蔵文化財保護課嘱託を経て、家業の映画館を継ぐ。
1997年、一時映画館を離れ、愛媛で学芸員に従事。
2002年、帰郷し、映画館『進富座』を再開。
地方都市では珍しい単館系劇場として活動、現在に至る。
2010/12/06 画像
12 伊勢・志摩地域 谷口 仙二 1937年・福井県越前大野生まれ。 法政大学工学部卒
鳥羽市(扇野の宿)扇芳閣社長  めだかの学校・校長
社長業の傍ら、青少年育成市民会議の会長歴任後も、地域づくりや人材育成に尽力。

2000年「めだかの学校」を開校
めだかが住めるきれいな環境を残したいと、山本周五郎の小説「扇野」の舞台となった「扇芳閣」敷地内にビオトープ「めだかの学校」を無料開放。
「大人が変われば子供が変わる」(めだかの学校創立趣旨)
自然の中に(大人も子供も)人の集まる居場所をつくる「めだかの学校」の校長先生は、環境のこと、そして「遊びと学び」をテーマに(水車・風車・万華鏡・音楽人形館・めだか池・ホタル池・アート・文学・記念樹・花壇・足湯)面白いものをどんどん創り出す。
そーとのぞいてみたくなる、豊かな自然に恵まれた里山で、心優しい校長先生は、地域の輝きづくりに大きな力をそそいでいます。
2011/02/08 画像
13 伊勢・志摩地域 村松 孝子・山口 要子  伊勢市二見町「賓日館」(重要文化財指定)に地元の住民二人が、ボランティアで館内に花を生けています。
 お二人は、華道家元池坊伊勢支部長の村松孝子さん(74)と長年にわたり趣味で生け花を楽しむ山口要子さん(71)。
 明治時代に皇室の定宿として建てられた伊勢・賓日館。木造の近代和風建築にとけ込む枝もの和花の姿は、季節の彩りを添え来館者の好評を呼んでいます。
2011/05/25 画像
14 伊勢・志摩地域 阿部 夫美子(あべ ふみこ)  伊勢で初めて出会った和紙人形作家、素敵な女性、阿部夫美子さんをご紹介します。和紙という日本独特の素材で繊細な表情、動き、情感、品格さらに作品への深い思慮、和紙に描かれた模様も手書きにて行いその作品は、時には踊りだし、静かに語りかけ、動と静に心動かされてしまいます。神話の世界・歌舞伎・花物語・おひなさま・斎王群行・伊勢参り・おとぎ話・今年は江姫三姉妹(茶々・はつ・江)とお母様お市のかたも登場しました。ジオラマ作品は、小さなお人形の世界に引き込まれそうです。

 1994 世界祝祭博・伊勢伝統ゾーン500体ジオラマ制作
 1995 皇學館大学・遷宮の儀170体収蔵
 1996 伊勢市におかげ参り300体収蔵
 2001~ 毎年個展・写真集出版・NHK「東海の技」出演~
 2009 渡り始め・橋姫など次々制作活動をおこない発表
倭姫命「やまとひめのみこと」(やまとたけるのみことに草薙の剣を授ける)
 2011 月読命「つきよみのみこと」(闇を照らす月の神)
制作のため仙台の和紙依頼、震災にあいながらも和紙は工房から届き今回の賓日館の個展に発表
2011/07/27 画像
15 伊勢・志摩地域 清崎 博  文楽をテーマに絵画制作に取り組む、志摩市磯部町下之郷の清崎博さん(77)は伊勢市・鳥羽市・志摩市で絵手紙の講師としても活躍されています。また同所の「清崎博文楽アトリエ」も個人美術館として地域の文化振興に貢献されています。
 元小学校教諭の清崎さんは、1972年に同市安乗小学校に赴任し、国指定重要無形民俗文化財の安乗文楽と出会ったのを機に、文楽を題材にした絵画を描き続けています。
 2004年に人形浄瑠璃がユネスコの世界無形遺産に登録されてからは、「文楽人形世界遺産を舞う」をテーマに、各地の世界遺産を背景に文楽人形を描いた作品を発表しています。
 2005年には「具象美術協会展・文部科学大臣賞」また、年齢にとらわれず生き生き活動する実践者に贈られる「エイジレスライフ」賞を受賞されました。
 さらに志摩市国際交流協会・会長として御活躍中で自らも海外に出向き、絵画の制作と国際交流に、まさにエイジレスな生き方をされています。
2012/02/08 画像
16 伊勢・志摩地域 鈴木 節 ・鈴木 節 染色工房 主宰
・岡山県生まれ、東京育ち、「女子美術短期大学・デザイン科」を卒業し、布問屋で「色出し」の仕事に従事。
・母校の工芸科でさらに機織りを学び「染と織」の世界に出合う。
・結婚を機に夫君の故郷伊勢に住まう。
・草木染による紬織りの作品をつくり続け、松阪木綿の復元と指導を行う。
・1992年に「海の博物館」(鳥羽市)からの依頼で初めて貝紫を染めることになる。
アカニシ貝のパープル腺から採れるわずかな分泌液を丹念に集め苛性ソーダで発酵させ、少しずつ絹糸を染め機にかけ織り上げる。気の遠くなるような手間暇をかけ伊勢貝紫染めはつくられる。

1946  岡山県生まれ
1966  女子美術短期大学卒業
1970  飯田市広瀬染色工房にて修業
1976  第三文明展入選
    日本伝統工芸展、東海伝統工芸展入選
1995  海の博物館
2009  第40回東海伝統工芸展入選
2010  第57回日本伝統工芸展入選
2011  第58回日本伝統工芸展入選
現在(社)日本工芸会準会員
2012/06/01 画像
17 伊勢・志摩地域 八木 秀夫 昭和 21年 伊勢市二見町生まれ
   36年 瀬戸市「美夜之窯」加藤元男氏に師事、陶芸研究の道に入る。
   39年 愛知県立瀬戸窯業高校卒業
   47年 新東京国際空港ターミナルビル南ウイング陶壁制作
   48年 アメリカ、カナダへ研究のため外遊
   50年 度会郡玉城町「伊勢美夜之窯」を築く
   55年 中国陶磁器研究のため訪中
   56年 度会郡玉城町 庁舎陶壁制作
   58年 度会郡玉城町 村山龍平記念館陶壁制作
   61年 伊勢市小俣町 和順幼稚園陶壁制作
   62年 鳥羽市相差町 ホテル豊浜陶壁制作
平成 元年 伊勢市二見町  夫婦岩パラダイス陶壁制作
    2年 愛知県名古屋市則武ワードビル花壇制作
毎年新作を加えた作品展を行い、登り窯など玉城町から「伊勢美夜之窯」を発信
   24年 伊勢市二見町 賓日館にて作品展開催(陶芸教室生徒の作品も展示)

*朝日陶芸展をはじめ数多くの作品賞受章
*日本クラフト協会委員
2012/09/28 画像
18 伊勢・志摩地域 森本 節治 度会郡玉城町佐田在住
現在、国際根付彫刻会副会長、伊勢木彫会会員

伊勢根付とは、江戸時代には巾着、印籠、煙草入れなど帯に挟んで腰に下げる時、落ちないように紐の端につけて人気がありました。現代では海外でも「ネツケ」と呼ばれ、日本固有の美術品として浮世絵などとともに高く評価されています。

1941年 3月生まれ 
 83年 根付彫刻の道に入る
 84年 伊勢志摩木彫会入会 同会展に出展を始める
 93年 「根付彫刻新作展」(東京池袋・西武百貨店)以後、毎回出展
 94年 「まつり博94」伊勢志摩ゾーンに出展
 95年 国際根付彫刻会入会
 96年 高円宮殿下・妃殿下と共に伊勢根付彫刻館にて鑑賞懇親会をもつ
 97年 「根付拳の世界展」出展(横浜・三越百貨店)
 97年 フランスシラク大統領に根付作品「手鞠」を所蔵いただく
 98年 「三島大社・宝物殿落成記念根付展」出展
 98年 「伊勢現代根付展」出展(大阪阿倍野・近鉄百貨店)
 99年 「手のひらの小宇宙・現代根付彫刻展」出展(横浜・高島屋)以後毎回出展
2000年 「第23回日本の象牙彫刻展」日本象牙彫刻会賞受賞(東京・上野の森美術館)
 02年 「現代根付展」高円宮コレクション(長野・松本市美術館)
 03年 「現代根付彫刻展」(東京・日本橋高島屋)以後毎回出展
 04年 工房もりもと開設
 05年 国際根付協会コンベンション(サンフランシスコ)参加・出品
 07年「高円宮憲仁親王殿下五年式年祭特別展」(東京・明治神宮)収蔵品展示
 07年 国際根付コンベンション(マイアミ)参加・出品
 07年 「京都 清宗根付館」収蔵
 08年 東京にて根付教室開設
 09年 「手にひらの小宇宙・現代根付彫刻展」(JR名古屋高島屋)以後毎回出展
 09年 国際根付協会コンベンション(ニューヨーク)参加・出品
 09年 「現代木彫根付展」優秀賞受賞(飛騨高山・光記念館)
 11年 国際根付協会コンベンション(ロサンゼルス)参加・出品
 11年 「第4回現代根付木彫芸術祭」最優秀賞受賞(飛騨高山・光記念館)
2012/11/14 画像
19 伊勢・志摩地域 大谷 勲 山口県出身 伊勢市在住 紙芝居師
伊勢神宮門前町にある「おかげ横丁」の運営会社伊勢福で、プロの紙芝居師として抜擢され、紙芝居文化に光を当てた語りの達人です。
タレント萩本欽一さんの劇団に所属していたこともあり、軽妙な掛け合いとテンポの良さで伊勢を訪れた人々に「笑いと感動」をお届けする街頭紙芝居師をご紹介します。
2013/05/17 画像
20 伊勢・志摩地域 山本 真木 1958年  三重県北牟婁郡紀北町生まれ。
       7歳から高校卒業まで伊勢で育つ
1978年  三重県立伊勢高等学校卒業
1982年  女子美術大学産業デザイン科卒業
       TOTO(株)入社 キッチンコーディネ―ターとして勤務
1986年  結婚を機に夫の会社、ヤシマ真珠にて真珠のデザイン・加工をはじめる
2005年~ 年に2回 伊勢と芦屋にてファッションデザイナー石野弘子氏と作品展
2008年  パールジュエリー展(伊勢の河崎蔵)「伊勢まちかど博物館」
2009年  ブライダルジュエリーの制作をはじめる (オランジェ五十鈴の森)
2010年  ハープとパールの会開催(ボンヴィヴァン)「伊勢まちかど博物館」
       ハープ奏者 三宅百合子氏の演奏、パールのコーディネート紹介
2012年  伊勢の伝統工芸展出展(皇学館大学記念館)
2013年  伝統工芸によるアクセサリー展(伊勢丹新宿店)
       ファッションジャーナリスト 生駒芳子氏の企画
2013/07/18 画像
21 伊勢・志摩地域 吉田 賢治 海女を描き続ける「銅版画家」

1951年 名古屋市生まれ 現在、志摩市在住
1975年 愛知県立芸術大学美術学部デザイン科卒業
1990~1997年 <海外展>トルコ、スペイン、韓国、タイ等
1977~2009年 <グループ展>磯田皓と10人の作家達展(愛知県美術館)
          現代版画IN NAGOYA(愛知県美術館) 他多数
1975~2011年 <個展>東京銀座松屋、松阪屋本店、ミキモト 他35回
2013年 <2人展>アトリエ吉季工房 二人展     

【作品収蔵】
トルコ・ディルメンデレ現代美術館(トルコ共和国)
志摩観光ホテルベイスイート
鳥羽市相差町海女文化資料館
2013/09/19 画像
22 伊勢・志摩地域 遠藤美和 グラフィックデザイン・指文字アート
「指文字書家」

1970年 三重県鳥羽市生まれ 
1989年 皇學館高等学校卒業
1991年 名古屋造形芸術短期大学ビジュアルデザインコース卒業
     長屋印刷株式会社企画デザイン室入社(名古屋市)
1997年 フリーデザイナーとなり個人デザインPRINK’M(プリンクM) 設立
2011年 鳥羽ショッピングプラザハローにて初指文字アート展
2012年 松阪まなびの森「森のギャラリー」、愛知県一宮市「Cafe Copain(カフェコパン)」にて指文字アート展
2013年 鳥羽ショッピングプラザハローにて「ヒカリのみちしるべ展」
2013/11/27 画像
23 伊勢・志摩地域 橋本 丈男(はしもと たけお) 昭和33年~ 三重大学農学部 卒業
         奈良県立高等学校(2校)に9年間勤務
  
昭和42年~ 三重県立木本高等学校
         三重県立志摩高等学校
         三重県教育委員会事務局
         三重県立聾学校 校長
平成8年   三重県立伊勢工業高等学校校長を最後に退職

平成8年~平成23年
        退職後、皇學館高等学校・鳥羽高等学校・伊勢学園高等学校の非常勤講師

平成21年  「牛草山を守る会」発足 会長に就任

平成22年  度会町のボランティアガイドに登録

平成23年  「度会町地域資源を守る会」発足 会長に就任

度会町監査委員、度会町総合計画審議会委員、度会町選挙管理委員会委員(現職)、度会町水道水源保護審議会会長(現職)、度会町社会福祉協議会理事 などを歴任。
2014/05/21 画像
24 伊勢・志摩地域 中野 結衣  度会郡玉城町在住。彫刻家でありながら、一刀彫作家としても活動している。

【略歴】
1988年  三重県生まれ
2006年  三重県立松阪工業高等学校 繊維デザイン科 卒業
2008年  女子美術大学短期大学部 造形学科 彫塑専攻 卒業
2010年  多摩美術大学 彫刻学科 木彫専攻 卒業

【展覧会】
2008年  木との語らい展 (聖路加国際病院/東京)(2009年、2012年出品)
       みえの20代作家~アートの交差展~(松阪市文化財センター)
       女子美術大学短期大学部 卒業制作展 2008
2009年  「乙女荘」展(多摩美術大学 彫刻ギャラリー/東京)
2010年  多摩美術大学 卒業制作展2010
       東京五美術大学連合卒業・修了制作展
       横浜ヴァージンフェスタ2010(大さん橋ホール/神奈川)
       「二人の世界」展 (伊勢シティホテル)(以後、連年出品)
2011年  元麻布モデルルームにて展示 (東京)
2014年  とこわかグループ展 (外宮参道 伊勢菊一)
       YUI NAKANO-exhibition-彫刻と一刀彫(ギャラリーFABulous/東京)

【受賞歴】
・2011年  中部二科展 入選・特選
・2012年  中部二科展 中部二科賞・CBC賞
・2012年、2013年  二科展 入選
・2013年、2014年  中部二科展 特選
2014/07/24 画像
25 伊勢・志摩地域 服部 修身 伊勢現代美術館(南伊勢町)館長
伊勢市出身

 小学生の頃に写真に興味を持ち、以後写真を撮り続ける中で美術に惹かれるようになっていった。美術ファンになってからは、多くの美術に触れ、多くを学んだ。その後9年間にわたり名古屋にてギャラリーを経営していたが、次第に県外ではなく、生まれ育った地元である伊勢志摩の地で美術館を開きたいという思いに変わり、2003年4月、南伊勢町五ヶ所浦に伊勢現代美術館を開館。2009年1月には別館となる屋外彫刻館「宇空(うくう)」を開館した。本館2階には若手作家の為の展示スペースを設け、若手作家の支援を積極的に行っている。
2014/09/19 画像
26 伊勢・志摩地域 小倉 均、小倉 直子 ◇小倉 均
大紀町(旧 紀勢町)生まれ
大学の建築学科卒業後、設計事務所に勤務
1984年 旧 紀勢町にa+s設計事務所 開設
1994年 大台町にa+s設計事務所を移転
1998年 日本ログハウス・オブ・ザ・イヤー 最優秀賞 (瀧原診療所/大紀町)
2002年 大紀町にa+s設計事務所を移転
       ギャラリー上野屋 開業
2013年 三重県建築賞 (伊勢外宮前勢乃國屋 豊恩館/伊勢市)
2014年 古道の宿 上野屋 開業

◇小倉 直子
尾鷲市生まれ
大妻女子大学児童学部卒業
株式会社日立家電 東京営業所に勤務
1976年 煎茶 黄檗東本流 茶名授与
2002年 同・ギャラリー上野屋 開業
2006年 茶道教室「学び舎の会」開設
2007年 茶道裏千家 茶名授与
2010年 茶道裏千家 准教授授与
2014年 同・古道の宿 上野屋 開業
2015/02/04 画像
27 伊勢・志摩地域 野嶋 峰男 伊勢市在住 木漆工芸作家

【略歴】
1948年  三重県伊勢市生まれ
1977年  初個展 以後名古屋 大阪等にて開催
1979年~ 伊勢市展入選 以後 三重県展・東海伝統工芸展・日本伝統工芸展・
        伝統工芸木竹展・伊丹クラフト展・天展 他多数
 現 在   (公社)日本工芸会正会員・東海支部幹事

【選抜展】
1981年  第2回ヤマハ葛城工芸展
1987年  87はこで考える遊びの木箱展
1998年  第2~6回三重の代表作家たち展(~2012年)
2003年  工芸家の大正、昭和、平成展(その系譜と今をときめく作家たち)

【受賞歴】
1979年  第26回伊勢市展 伊勢神宮大宮司賞
1980年  第27回伊勢市展 伊勢市長賞
1984年  第19回東海伝統工芸展 名古屋市長賞
1988年  第23回東海伝統工芸展 愛知県教育委員会賞
1990年  第10回天展 奨励賞
1991年  第2回芸文協会新人美術展 奨励賞
1992年  第12回天展 奨励賞
1993年  第4回芸文協会新人美術展 佳作賞
1994年  第41回伊勢市展無鑑査 特別賞
2000年  第47回伊勢市展無鑑査 特別賞
2005年  第57回三重県展 岡田文化財団賞
2007年  第38回東海伝統工芸展 名古屋市教育委員会賞
2007年  第59回三重県展 中日新聞賞
2013年  第64回三重県展 優秀賞

【表彰歴】
 平成23年度三重県文化賞 文化功労賞
 平成26年度三銀ふるさと三重文化賞

【収蔵】
 北海道立旭川美術館
2015/08/07 画像
28 伊勢・志摩地域 佐藤 よし子(さとう よしこ)  1979年東京都世田谷区生まれ。志摩市在住。
 ダウン症の人たちの創作のためのプライベート・アトリエ「アトリエ・エレマン・プレザン」で現場に立つ。社会へ繋ぐアートコーディネーターとしても活躍するほか、多くの企画、展示会開催に携わる。
 また、カフェや宿泊施設、アートミュージアムなどの建設を視野に入れた「ダウンズタウン」プロジェクトを進行中。
 著書に『学校つくっちゃった!』がある。

(経歴)
愛農学園農業高等学校を卒業後、同高校の専攻科へ進む。
障がいのある人たちと共に暮しながら農業を学ぶ「信州共働学舎」で、1年間の専攻科実習をする。
文化学院文学部(現在は総合芸術学科文芸コース)に進学・卒業。
文化学院在学中より「アトリエ・エレマン・プレザン東京」にて版画クラスを手伝う。
2002年~2011年 「エコール・エレマン・プレザン」の立上げと運営に携わる。
2006年 多摩美術大学芸術人類学研究所 特別研究員となり中沢新一氏らとともに「ダウンズタウンプロジェクト」を立ち上げる。
2012年 志摩市へ移住。
2014年 合同会社「エレマンの気まぐれ商店」を立ち上げる。
2017年 「ダウンズタウンプロジェクト」事業地(カフェ、ギャラリー、宿泊所として整備予定)に自らも居を移す。
2017/03/23 画像
29 伊勢・志摩地域 ユッコ・ミラー(本名:大西 由希子)  ユッコ・ミラー(本名 大西由希子)さんは、三重県伊勢市生まれ、現在は東京都在住のジャズサックス奏者です。3歳よりピアノを習い始め、皇學館高校入学後に見学で訪れた吹奏楽部で、アルトサックスと出会います。初めて音が出た瞬間、衝撃が走り、「世界で活躍するプロになる」と決めたと言います。高校時代は食事・睡眠・授業を受ける以外はサックスの練習に明け暮れる日々を過ごします。ジャズ理論、作曲、編曲、インプロヴィゼーション(即興演奏)などジャズ全般を学び、19歳でプロ活動を開始します。
 エリック・マリエンサル氏、河田健氏に師事。国内外の著名なプレイヤーと共演、レコーディングを行うとともに、数多くのライブ、コンサートに出演。積極的に音楽活動を行っています。2016年にメジャーデビューし、初のアルバム「YUCCO MILLER」を発表しました。
 また、三重県主催の「みえ国際ウィーク2017」講演会&パネルトークのゲストとして招かれました。
2017/08/04 画像
30 伊勢・志摩地域 石原 真伊(いしはら まい)  石原真伊さんは三重県鳥羽市浦村町にある「鳥羽市立 海の博物館」の広報担当として活躍しています。大学ではスペイン語圏の文化や言語を学び、卒業後は三重県志摩市にあるテーマパーク志摩スペイン村に入社します。その後イベント企画会社などを経て、2007年4月から「鳥羽市立 海の博物館」の広報担当として勤務しています。新聞や雑誌、テレビの取材対応、SNSを利用した情報発信を行うほか、海の文化の魅力を伝えるために、企画展の提案などを行っています。 2018/03/23 画像
31 伊勢・志摩地域 高橋 真珠(たかはし またま) 3歳よりヴァイオリンを始める
桐朋女子高等学校音楽科卒業
同大学ディプロマコース修了
アスペン音楽祭 Starling Fellowshipコンクールで最優秀賞受賞を機に、渡米
2001年 シンシナティ音楽大学を卒業
2003年 クリープランド音楽院(修士課程)卒業
ロンドンマスタークラス、スイス・ティボーヴァルガフェスティヴァル等に参加し、スカラシップを授与、記念コンサート等に出演
2005年より兵庫県立芸術文化センター管弦楽団、香港シンフォニエッタ、ニュージーランド、オークランド管弦楽団奏者を務める
2014年に帰国し、現在は伊勢を拠点に日本各地でソロリサイタルを開催している
また、後進の指導や地域巡演のコンサートを展開している
2018/08/09 画像
32 伊勢・志摩地域 ササユリの防人 稲葉穂積・美智子  昭和44年、農耕地の周りの竹藪を切り拓いていたとき、美しい“ささゆり”の群生を見つけたが、報道によって多くの人が訪れると、乱獲が相次ぎ、絶滅の危機を感じて、保存会の活動を始めた。その後、訪れる人がさらに楽しめるように、休耕田を利用して「夏草花園」を開園。夫妻でさまざまな花木を育てたが、平成12年からラッセルルピナスを栽培し一般公開すると、色鮮やかな花畑に惹かれ 見頃の5月上旬から中旬になると、県内外から多くの人が訪れる志摩市の観光スポットとなった。 2018/09/13 画像
33 伊勢・志摩地域 太田穂摂  伊勢市在住の書道家。古典・古筆をベースに伝統を踏まえながら、現代に即した調和体で表した自身の作品の書を着物地の裂を用いて表装・額装し、発表しています。

  1962年 三重県伊勢市生まれ
  1995年 第27回日展初入選(以降20回連続入選)
  2005年 日展会友に承認
  2015年 国指定重要文化財賓日館にて個展(2017・2018)
  2018年 伊勢神宮奉納米を使った特別酒「納蘇(なそ)利(り)」ヒカリ酒販のラベル揮毫
 
 新書派協会に所属し、近藤摂南氏・土井汲泉氏に師事
  日展に入選21回他、読売書法展等各展で入賞・入選多数、
  大阪NHK文化センター講師。  
  新書派協会常務理事、読売書法会理事・審査員、穂(すい)の会(かい)主宰
2019/03/05 画像
34 伊勢・志摩地域 小説家・外城田川忍(ときだがわしのぶ)  現在、出版等のメディアは東京に一極集中していますが、外城田川忍さんは、この三重県で小説の執筆と出版を続けています。

 外城田川さんは、昭和24年、三重県度会郡玉城町に生まれました。高校卒業後、早稲田大学商学部に入学し、上京します。昭和47年に同大学を卒業して、全国紙である産経新聞社に入社しました。
 同社でスポーツ取材を中心に活躍し、新聞記者としてのキャリアを積みました。その後、編集、事業、総務の局次長を歴任します。平成15年に、産経新聞社東北総局長として、仙台に栄転しました。
 その赴任時期に、それまでアマチュア中心だったサッカーやバスケットボールの地方チームがプロ化しました。さらに東北の人たちが熱望していたプロ野球チームもできました。東北のスポーツ報道が盛り上がりました。

 外城田川さんは、東京を離れた後を含め、報道という形で、常にメディアの最先端にいました。

 平成21年に同社を定年退社した後、平成28年に玉城町に住居を移し、作家活動を開始しました。

平成30年 デビュー作『鳥名子舞(となごまい)』出版
令和元年 2作目『勝田街山壱楼(かったまちやまいちろう)』出版

 早大時代はライフル射撃部に所属しました。趣味はゴルフ、囲碁、邪馬台国です。それらの多くが小説の中で活かされています。

 現在、3作目『大岡越前守ビギニング』を執筆中です。
2019/09/30 画像
35 伊勢・志摩地域 塩本幸子(パールアーティストSACHIKO)  塩本幸子さんは、国内的にも世界的にも珍しい、「本物の真珠を使った絵画アート作品」を制作するアーティストです。墨で描かれたモノクロの下絵に砕いた真珠を貼り付け、輝きを加えた作品を多数制作してきました。

 きっかけは、塩本さんが、一人のインドネシア人画家の作品に出会ったことでした。画家の名前はkuncit(クンチ)さんといいます。
 インドネシアのバリ島には、竹の筆で絵を描く伝統的な技法があります。クンチさんは、その中でも珍しい、竹の筆で墨絵を描く絵師です。その技法で墨絵を描く絵師は、クンチさんを含めて、今は数人しかいないそうです。
 クンチさんの独特の作風が、塩本さんに強烈なイメージを与えました。それは「クンチさんの絵に真珠の輝きを加えたい」というものでした。早速、クンチさんと交渉し、快い承諾を得て、アート制作をはじめました。クンチさんの作品と、本物の真珠の美しさとが最も際立つ方法を、塩本さんは模索しました。
 塩本さんとクンチさんの打ち合わせには、スマートフォンのSNSアプリを使います。塩本さんがメッセージ機能に簡単なインドネシア語を書き込んでイメージを伝え、クンチさんがデッサンを画像送信機能で送ります。そのやりとりを繰り返してイメージが固まると、クンチさんが下絵を制作して日本に送り、塩本さんが真珠アートに仕上げるのです。
 伝統的な作画法と昔ながらの天然素材とが、現代のインターネットを通じて融合し、国境を越えたコラボ芸術が生まれました。

 経緯、素材、発想において、他に類例を探すことが困難なコラボ美術が、「Sachiko&kuncit」の名義で、国内よりも国外で紹介されています。

・日本の美を世界中に紹介するスペインの国際美術書籍「アートメゾンインターナショナル」で、塩本さんの作品が大きくスペースを割いて扱われ、志摩の真珠の美しさに注目する評が付されました。
・2017~2019年に、A.M.S.C.(国際美術評論家選考委員会)スペイン本部芸術家会員に認定されました。
・英国王立美術家協会RBAの特別名誉会員になりました。
・モナコ公国主催芸術祭に2度出展しました。
・国連欧州本部で開催された世界の平和を祈念する国際平和美術展など、多数の国際美術展に出展し、また多数の書籍にて紹介されています。
・起源がルイ14世治世下の1667年に遡る、フランスの国際公募展「ルサロン」で2年連続入選し、2019年には同展主催のフランス芸術家協会会員に認定されました。
(以上の記述は、ご本人提供資料を確認の上、それに基づき編集したものです。)


 このように、活動範囲が世界にまたがる塩本さんですが、今も志摩で制作を続けています。


2020/02/12 画像
36 伊勢・志摩地域 大正琴奏者・指導者 田村 美保子  田村美保子さんは、終戦直後の昭和20年10月に生まれ、警察官だったお父様の勤務する今の三重県いなべ市で、子ども時代を過ごしました。元来の音楽好きでしたが、家に楽器がありませんでした。本当に物がない時代で、家に楽器があるのは、よほど裕福か、とくに音楽に縁のある家庭だけだったと、田村さんは振り返ります。田村さんが楽器に触れたのは、小中学校の音楽室でした。音楽の先生に気に入られ、授業に加え独学で楽器を練習して、音楽に親しみました。

 田村さんが高校に入学する頃、お母様の療養のため一家で旧・紀和町(現・熊野市)に移りました。次に御浜町にも住み、しばらく東紀州で暮らします。そこから、音楽とともに子どもが大好きな田村さんは、当時度会郡にあった三重県立明野高校(現・伊勢市)の保育科に入学しました。現在の活動の中心である度会町との縁のはじまりです。同校で初めてピアノ教育を受けました。

 そして、そのまま保育士になるものと考えていた田村さんに、音楽に熱中する姿をずっと見ていたお母様が、日本音楽学校への入学を勧めました。当時東京にあった、音楽教員の免許を取得できる専門学校です。「今の私への道筋を作ってもらった」と、その勧めを田村さんはずっと感謝しています。同校卒業後、小中学校で臨時教師として勤めながらピアノ教師として活動し、音楽を仕事にする人生がはじまりました。

 その後、ある出来事をきっかけに大正琴と出会った田村さんは、その音色に魅了され、伊勢地域を中心に大正琴講師として活動を開始します。その中で、より多くの県民に大正琴の素晴らしさを知ってもらおうと、三重県大正琴協会の設立に尽力し、自ら会長に就任しました。平成8年の第2回みえ県民文化祭では、大正琴部門の参加を実現させ、そこから県民文化祭での毎年の大正琴事業を行っていきました。

 協会設立以前には、県内の大正琴各流派間に交流があまりありませんでした。そんな中で流派を超えた団体を設立したことは、県外の大正琴指導者にも影響を与え、後に、全国組織である社団法人(現・公益社団法人)大正琴協会設立の足掛かりともなりました。現在、田村さんは、1,350名の会員を擁する三重県大正琴協会の会長として、国民文化祭や生涯学習フェスティバルへの参加など、大正琴の裾野を拡充する地域に根差した活動で、三重県全体の文化向上に貢献しています。
 
 また、演奏家として、県内にとどまらず日本全国で演奏活動をしました。ニューヨーク、中国、シドニー、ウィーンなど海外でも数多くの演奏をしています。現地の人々から高い評価を受け、長く大正琴奏者として活躍しました。

 さらに、未来ある子どもたちに大正琴を伝承するため、無償で子どもたちに大正琴を指導するなど、後進育成にも大きく貢献しています。近年では、「全国子供大正琴コンクール」で最高賞の文部科学大臣賞を目指す子どもたちの指導者として、全国から注目されています。

 こうした永きにわたる活動で、本県の音楽文化の振興発展に果たしてきた功績はとても大きく、平成17年度に第5回三重県文化賞で文化功労賞を受賞し、令和5年に文部科学大臣による地域文化功労者表彰の被表彰者となりました。


昭和20年(1945) 今のいなべ市に生まれる
昭和35年(1960) 母の療養のため東紀州地域に移住
昭和36年(1961) 三重県立明野高校・保育科に入学、必修科目としてピアノを学ぶ
昭和39年(1964) 日本音楽学校に入学、小学校と中学校の教員免許を取得
昭和41年(1966) 小中学校の臨時教諭として勤務する傍ら、ピアノ講師として活動
昭和60年(1985) 大正琴講師として活動開始
昭和62年(1987) 大正琴演奏グループ「エンゼルフィッシュ」を結成
平成7年(1995) 三重県大正琴協会を設立し会長に
平成8年(1996) 第2回みえ県民文化祭で大正琴部門の参加を実現
平成11年(1999) 度会町地域文化功労賞
平成12年(2000) 全国大正琴協会功労賞
平成18年(2006) 第5回三重県文化賞・文化功労賞
平成26年(2014) エンゼルフィッシュ解散、以降は大正琴の教室運営に集中
平成29年(2017) 全国子供大正琴コンクールで橋本莉さんが文部科学大臣賞
令和4年(2022) 全国子供大正琴コンクールで吉富心音さんが文部科学大臣賞
令和5年(2023) 文部科学大臣による地域文化功労者表彰



2024/01/20 画像
37 伊勢・志摩地域 学芸員 岸田早苗  令和4年度現在、斎宮歴史博物館の学芸普及課で課長を務める岸田早苗さんは、当該年度で定年を迎え、30年以上勤めてきた学芸員生活にいったんピリオドを打つことになります。

 三重県明和町の史跡「斎宮」は、古代から中世にかけて、天皇の代わりに伊勢神宮に派遣された皇女である「斎王」の住まいと、斎王を支える行政組織があった場所です。斎宮歴史博物館は、斎宮の実像解明と、その研究成果の周知を主な目的に、平成元年に設立されました。

 岸田さんは、開館直後の同館で学芸員生活をスタートし、同館の草創期を支えました。産休や埋蔵文化財センターへの2年ほどの異動をはさみつつ、平成14年まで同館に勤めます。

 その後、人事異動で旧三重県立博物館の学芸員になり、平成17年からは、三重県教育委員会で新博物館建設計画立案等に従事しました。そして、新博物館の設立が正式に決定した後、平成20年、新博物館建設部署に異動し、新博物館設立に尽力しました。それが実を結び、平成26年に三重県総合博物館(MieMu)がオープンします。この新博物館で岸田さんは、学芸員のリーダーの一人として活躍しました。

 岸田さんは、開館前後の斎宮歴史博物館を支えた一人であり、また、三重県総合博物館(MieMu)を建設から支えた一人でもあります。それぞれの館を作り上げた人たちの中で、その両方の館で足跡を残している人となると限られます。

 岸田さんがこれまでに手がけた企画展は数多く、博物館が収集する文化財と、集積してきた研究を、いかに県内外の皆さんに知ってもらうかに心を砕いてきました。

 岸田さんは、平成29年に再び斎宮歴史博物館の学芸員に戻り、そこで定年を迎えることになりました。様々な場所で仕事をしてきた岸田さんですが、やはり斎宮こそが居場所というイメージを持たれる方が多いのではないでしょうか

(略歴)
昭和60年 皇學館大学国史学科を卒業
     三重県斎宮跡調査事務所・嘱託職員として入職
平成元年 斎宮歴史博物館が開館、同館調査課の業務補助員として入職
平成2年 学芸員試験に合格、同館学芸員として採用
平成5年 三重県埋蔵文化財センターに異動
平成7年 斎宮歴史博物館に異動
平成14年 三重県立博物館に異動
平成17年 新博物館建設計画立案等に従事
平成26年 三重県総合博物館(MieMu)開館、同館学芸員に従事
平成29年 斎宮歴史博物館に異動
令和元年 特別展「東雲の斎王―大来皇女と壬申の乱―」企画
令和4年 特別展「NARIHIRA―いにしへの雅び男のものがたり―」企画
令和5年 また新しいステージへ


2023/03/16 画像
38 伊勢・志摩地域 エッセイスト 漁村・海女文化研究者 川口 祐二  南伊勢町在住のエッセイストで、漁村研究者・海女文化研究者である川口祐二さんは、令和4年現在、32冊の単著を出版しています。さらに共著が15冊あります。共著といっても、大半のページを川口さんが書いた本も多いとか。雑誌等への寄稿は数知れません。

 川口さんの著作の多くは、漁村をテーマにしたものです。全国の漁村を歩き、そこに住む人々から聞き取った話を書籍にまとめてきました。とくに、「海女(あま)さん」と呼ばれる女性漁業従事者からの聞き取りに力を入れ、彼女たちの実像に迫る著書を何冊も刊行しています。

 そして、三重大学で非常勤講師、客員教授、そして特任教授を歴任し、「海女文化」の講座を長く担当して、学術研究の場に聞き取りの成果を提供しました。

 さらに、書籍の出版を通じて知り合った多くの文学者と交流し、その書簡集なども出版しています。また、地元・南伊勢町の人々との文化における交流にも積極的です。町ゆかりの偉人・文学者の顕彰など、地域の文化振興活動の中心となって、町の文化の発展に寄与してきました。

 それらの長年の功績が高く評価され、令和4年、第21回三重県文化賞・文化大賞を受賞しました。南伊勢町だけでなく、南勢地域全体で見ても、三重県の南の地域から初の受賞です。

<略歴>
昭和7年(1932)  三重県宿田曽村(現・南伊勢町)に生まれる
昭和30年(1955) 早稲田大学第一商学部卒業
昭和35年(1960) 旧・南勢町役場に入職
昭和47年(1972) NHK農林水産通信員
昭和49年(1974) 旧・環境庁自然公園指導員
昭和54年(1979) 著書『波の遠近―わたしの自然保護』
昭和57年(1982) 著書『熊野の海は赤い海―漁村・祈りの書』
昭和58年(1983) 三重県文化奨励賞(文化部門)
昭和61年(1986) 著書『とれとれの魚―伊勢の海から』
昭和63年(1988) 論考「渚の55年」(『私の昭和史』掲載)
平成元年(1989) 旧・南勢町教育委員会事務局長を退任
平成2年(1990)  著書『女たちの海―昭和の証言』
平成6年(1994)  記録「昭和を生きた女たち」で労働者文学賞
   同年    三上賞(「三重県の漁業地域における合成洗剤対策について」)
平成7年(1995)  著書『波の音、人の声―昭和を生きた女たち』
   同年     著書『サメを食った話』
平成8年(1996)  著書『貝のうた―26のエッセイ』
平成9年(1997)  著書『潮風の道―海の村の人々の暮らし』
平成12年(2000) 著書『遠く逝く人―佐多稲子さんとの縁』
平成13年(2001) 第10回田尻賞
※田尻賞は、全国の公害反対や環境保全の運動で活躍し「公害Gメン」と呼ばれた故田尻宗昭氏の遺志を継いで、社会的不正義をなくすために創設されたものです。
平成14年(2002) 著書『苦あり楽あり海辺の暮らし』
   同年     「三銀ふるさと三重文化賞」人文部門
平成17年(2005) 著書『石を拭く―渚よ叫べ』
平成18年(2006) 著書『近景・遠景―私の佐多稲子』
平成19年(2007) 著書『甦れ、いのちの海―漁村の暮らし、いま・むかし』
平成20年(2008) 三重大学海女研究会参加
   同年     「みどりの日」自然環境功労者環境大臣表彰(保全活動部門)
   同年     著書『伊勢志摩春秋―ふるさと再発見』
平成21年(2009) 著書『漁村異聞―海辺で暮らす人々の話』
平成27年(2015) 南伊勢町町民文化賞
   同年     著書『明平さんの首―出会いの風景』
平成28年(2016) 著書『海女をたずねて―漁村異聞その4』
平成29年(2017) 斎藤緑雨文化賞
令和元年(2019) 石原圓(円)吉賞特別賞
令和2年(2020)  著書『島へ、浦へ、磯部へ―わが終わりなき旅』
令和4年(2022)  三重県文化賞・文化大賞
   同年     著書『村翁閑話―人の縁、本との出会い』


2022/08/31 画像
39 伊勢・志摩地域 根付師・中川忠峰さん  昭和22年に伊勢市に生まれた故・中川忠峰さんは、昭和53年に大工から「伊勢一刀彫」の師匠に弟子入りして木彫の道に進み、程なく「伊勢根付」を活動の中心に据えて、全くの独学で根付制作を始めました。日本橋高島屋や西武百貨店池袋本店での根付彫刻展に出品するなど、伊勢根付を全国にアピールするとともに、米国「根付ソサエティ」誌での紹介、大英博物館への出品、ロサンゼルス・カウンティ美術館への出品など、海外からも高く評価されています。

 その技術の高さや活動の功績から、「国際根付彫刻会」会長をはじめ、「伊勢志摩木彫会」会長、「伊勢の匠会」会長、「伊勢市美術展覧会運営委員会」副委員長、木彫根付唯一の公募展である「高山市木彫根付公募展」審査委員長等、数々の団体の要職を歴任してきました。

 後継者の育成にも力を入れてきました。各地の教室における生徒はのべ250人を超え、現在活動する伊勢根付職人は、ほぼ全員が忠峰さんの弟子です。

 三重県は「伊勢の根付」を「三重県指定伝統工芸品」に指定しています。そして、その高度な技術・技法を保持し、伝統産業の振興や伝統工芸品の次世代への継承に寄与する「三重県伝統工芸士」として、忠峰さんを「伊勢の根付」の伝統工芸士に認定しました。

 また、地域の文化振興の活動にも熱心に取り組み、地域の活性化に貢献してきました。例えば、毎年夏休みに「おかげ横丁」で子ども向けの体験会を催すなど、地元に密着した活動を多く行っています。とくに注目すべきは「まちかど博物館」の活動です。三重県内の「まちかど博物館」発祥の地である伊勢で、「伊勢まちかど博物館」に立ち上げ当初から参加し、後に「伊勢まちかど博物館運営委員会」会長にも就任しました。

 忠峰さんのこうした活動と功績が高く評価され、令和6年度に第24回三重県文化賞で文化大賞を受賞しました。しかし、表彰式を直前に控えた令和7年5月、忠峰さんはお亡くなりになりました。

 同賞受賞者表彰式では、出席を楽しみにしていた忠峰さんに代わり、忠峰さんの作品を身に着けた孫の中川杏春(あんず)さんが、知事から表彰状を受け取りました。

<略歴>
1947(昭和22)年 伊勢に生まれる。本名俊夫
1978(昭和53)年 大工職人から木彫の道に入る(伊勢一刀彫りの中本忠道氏に師事)
1980(昭和55)年 師匠につかず独学で根付の制作を始める
          伊勢志摩木彫会入会
         「海女」伊勢市美術展・伊勢市議長賞('81'82'83'84'87'90に入賞)
1984(昭和59)年 日本根付彫刻会入会
1986(昭和61)年 米国「根付ソサイエティ」誌に作品紹介
1988(昭和63)年 山田正義著「現代根付」誌に作品紹介
1993(平成5)年 「伊勢根付彫刻館」開館。ザ・伊勢講まちかど博物館認定
1994(平成6)年  大英博物館「現代根付彫刻展」
          米国ロサンゼルス・カウンティ美術館「現代根付彫刻展」出展
          伊勢市朝熊山麗JAPAN EXPO「まつり博'94」展示
1995(平成7)年 「根付たくみとしゃれ」荒井浩之編 (淡交社)に紹介
1996(平成8)年  高円宮同妃両殿下と共に、伊勢根付彫刻館において鑑賞懇親会を持つ
1997(平成9)年  米国カリフォルニア州バワーズ美術館「現代根付彫刻展」出展
         「第1回根付学の世界展」(三越横浜店)出展
1998(平成10)年 「第1回伊勢現代根付彫刻展」(近鉄百貨店阿部野店)出展
          静岡県三嶋大社宝物殿落成記念現代根付展に出展
1999(平成11)年 伊勢の匠会2代目会長に就任
2003(平成15)年 たばこと塩の博物館「現代根付展」に出品
          伊勢志摩木彫会4代目会長に就任
2004(平成16)年 国際根付彫刻会3代目会長に就任
2005(平成17)年 米国サンフランシスコで開催の国際根付ソサエティ世界大会に出席
2006(平成18)年 NPO法人五十鈴塾「根付作りに挑戦!」講師
2008(平成20)年 第7回三重県文化賞 文化功労賞
多気町彫刻会(根付)講師
2009(平成21)年 『木で彫る根付入門「匠に学ぶ粋とぬくもり」』(日貿出版社)出版
2011(平成23)年 平成22年度 財団法人伝統的工芸品産業功労者褒章
2013(平成25)年 伊勢市美術展覧会運営委員を務める
2014(平成26)年 「高円宮家根付コレクション」「伊勢の根付展」同時開催
         (菰野町パラミタミュージアム)
2016(平成28)年 「伊勢市美術展覧会運営委員」の副委員長に就任
          高山市木彫根付公募展・審査委員
          「伊勢まちかど博物館」会長に就任
          みえ文化芸術祭・工芸部門「すばらしきみえ賞」
2025(令和7)年  三重県伝統工芸士に認定
          第24回三重県文化賞 文化大賞
          永眠(享年78歳)

 
2025/12/24 画像
40 伊勢・志摩地域 狂言師・森浩一さん  狂言師・森浩一さんは、昭和7年に三重県伊勢市で、300年以上狂言師を務める森家の長男として生まれました。3歳で狂言の稽古をはじめ、令和7年に93歳を迎えた今も、現役の狂言師として活動を続けています。

 毎年、春分の日と秋分の日の年2回、伊勢神宮の「神楽(かぐら)祭」で能楽(能と狂言)が奉納されることから、伊勢の地では、代々狂言を継承する一族が古くから活動してきました。現在、全国的に活動する狂言の流派は大藏(おおくら)流と和泉流の2派で、森家は大藏流に属します。最古の狂言の流派である大藏流は、能楽の前身・猿楽の時代の13世紀に始祖が遡り、700年以上の歴史があります。伊勢神宮の神事を担ってきた森家は、大藏流の中でも本流に位置する家系です。

 長い伝統を担う狂言師一家という環境で、狂言をはじめた3歳のときには、すでにお父様から厳しい指導が始まっていました。6歳で初舞台を踏み、中学に入る頃には、より本格的に狂言師を目指す指導を受けるようになりました。その後、大藏流二十四世宗家・大藏彌太郎さん(後の大藏弥右衛門さん)に師事し、宗家から直々に教わる立場になりました。そこで「三番叟」、「花子」を演じるなど数々の実績を積んで、昭和47年には流儀の宗家が認めた最高の資格である職分師範を許されて、大藏流の指導者となりました。

 大藏流の番数は180曲あり、森さんはそのうち79曲を習得しています。1曲1曲の習得に大変な時間と努力を要する狂言を次世代に継承すべく、伊勢市内に自ら稽古場を創設し、教室を開きました。50年に及ぶ後進育成指導の活動で、教え子は200人にのぼります。現在、教室には、5歳の子どもから80歳を超える人まで、幅広い年齢の生徒たちが通っています。

 昭和34年から、中勢地方を中心に、小学校・中学校の子どもたちに狂言指導を行い、狂言の楽しさや難しさ、大和言葉の使い方など、伝統文化の重要性を伝えています。そして、伊勢市内の中学校で演劇部の部員に長く狂言を教えていました。また、鳥羽市能楽保存会の要請で、幼稚園から中学生が演じる「子ども狂言」を指導し、令和7年に20年目を迎えました。

 三重県生涯学習センター主催の文化体験パートナーシップ活動推進事業「学校向け文化体験プログラム 伝統文化を体感『狂言体験』」では、平成19年から講師を務めています。県内全域の100校以上の学校で、「狂言体験」を開催してきました。

 昭和60年から伊勢伝統芸能連盟会長や伊勢市能楽連盟理事など、地元の文化団体の役職も歴任し、地域の伝統文化を側面から支える活動も行っています。

 そして何より、森さんは、指導者としてだけでなく、演者として今も活動しています。三重県内では唯一の流派公認の狂言師として、伊勢神宮への春・秋の奉納に加え、各地の薪能(たきぎのう、夜間に薪の灯りで鑑賞する能楽)など、多数の演能会への出演を続けています。

 このような長年の活動が評価され、平成16年に伊勢市文化功労賞、平成19年3月に三重県文化賞文化功労賞を受賞しました。そして、令和7年には、文部科学大臣による地域文化功労者表彰を受彰しました。


昭和 7 (1932)年 三重県伊勢市で生誕
昭和32(1957)年 森電機商会創業
昭和34(1957)年 中勢地方を中心とした小学校・中学校の狂言教室開始
昭和46(1971)年 株式会社森電機商会取締役社長
昭和47(1972)年 大藏流狂言職分師範
昭和60(1985)年 伊勢伝統芸能連盟会長 / 伊勢能楽連盟理事
平成16(2008)年 伊勢市文化功労賞受賞
平成19(2011)年 三重県文化賞 文化功労賞受賞
          学校向け文化体験プログラム「狂言体験」開始
令和 7(2025)年 文部科学大臣による地域文化功労者表彰 受彰

 
2026/02/13 画像