資料詳細

伊勢国安国寺定文

項目 内容
資料番号 JR0000548-0052
資料分野/分類 人文系/考歴美/古文書
資料名
個別資料名 伊勢国安国寺定文
資料形態
資料類別
形状装丁
現状原・改装
時代
和暦・西暦 永享12年霜月24日
指定等 県指定有形文化財(文書)
差出(作成者)
差出(宛先者)
端書など
付属品
形状
料紙
綴紐
綴目
丁数
付属品計測値
国内/国外 国内
地域
備考
資料解説  安国寺は、室町幕府を開いた足利尊氏と弟の直義(ただよし)が、夢窓疎石の勧めで元弘の乱(1331年)以来の戦没者の霊を慰めるため各国に設けた寺院で、五山派の有力禅宗寺院が指定された。伊勢国の安国寺には、虎関師錬(こかんしれん)を開山とする神賛寺があてられた。
 本文書は、1440(永享12)年11月24日付で、海蔵院と推定される院主のほか6名の僧侶が連署したもので、次の2条についての評議の定書だ。
 第1条は、伊勢国安国寺内の「諸塔頭」と「諸寮舎」に配分される本山東福寺からの米や銭を厳正に処理するよう指示している。そのうえで、配分について異議を唱える塔頭、寮舎があれば即座に建物や敷地を没収すると規定している。
 第2条は、塔頭、寮舎の境界線について「寸土といえども、他の境を犯すべからず」と、厳密に守ることを求めている。
 伊勢国安国寺の旧跡は四日市市西日野町に比定されているが、現在、面影はなく、伽藍なども不明だ。ただ、この文書から、室町時代には複数の塔頭や寮舎が建ち並んでいた様子をうかがうことができる。同時にこの時、塔頭、寮舎間で米や銭の配分や境界を巡っての争いが発生していたことも明らかとなる。
 当時の記録には、伊勢国安国寺住持職交替に関する記事が散見される。これは「公帖(こうじょう)」と言って、官寺の禅宗寺院住持職就任に際して発給される辞令の交付記事で、実際には大半が入寺しなかったものと考えられている。それ以外、伊勢国安国寺に関する史料は非常に少なく、本文書は数少ない原本史料として貴重と言える。
閲覧可否 要予約