みえの文化びと検索詳細
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 地域 | 中勢地域 |
| 名前 | 粉川 洛木 |
| プロフィール | 大正9年 一志郡三雲村(現松阪市)に生まれる。 尋常高等小学校を卒業後、工芸学校で3年間絵を学ぶ。 昭和12年 石川英風氏に師事 京都美術大学で絵画の勉強に専念 20歳ごろ洛木の画号を贈られる 昭和15年 院展に初入選 昭和23年 春秋展・仏画展 昭和54年 名古屋三越常設展 昭和56年 名古屋三越にて個展を開催 平成18年 津松菱にて米寿記念展開催 現 在 津日本画会副理事長、三重俳句設立同人 |
| 記事 | 70年以上も描き続ける精神力と天性の才能を伸ばし、生き生きと描き続ける粉川洛木さん。90歳とは思えぬ元気さと絵・字のすばらしさに感動しながらお話を伺いました。 絵を描くようになった動機を尋ねると「叔父が見ていた美術雑誌に興味を惹かれまして、こんな日本画を描きたいなぁ。」と小学生の頃から夢を抱いていたということでした。絵を描く少年という近所の評判から、近所の人に頼まれて、襖に絵を描くこともあったようで、それが生活の足しになることが分かり意欲的に水墨画、日本画を描くようになりました。描き始めてから70年が過ぎようとしています。画号の「洛木」は、京都の洛陽の「洛」と石川啄木の「木」にちなんで、日展画家の石川鋭鋒氏から贈られたものです。 途中、戦争でビルマ戦線に従軍し、しばらく絵を描くことができませんでしたが、帰国してから、絵が生活の糧になることから再び絵筆を執り生活を賄うようにしてきました。 今も、短冊や色紙、掛け軸等を中心に絵や書を毎日描き続けています。 「最近の日本画は、茶道や華道のように日本画道を損なってきたように思います。そこには、しきたりや規則があり、これを守り、極めることが作家として求められているんですが」と、現在の日本画について考えさせられるお話もありました。 「70年描き続けていると、その神髄を親鸞上人の心に結びつけられる思いがします。」と、日本画は、わびとさびを表現するものという持論を話されました。 「習字も個性を活かし作家の個性ある書き方を追求してきたのです。」と話されました。 洛木さんは、絵だけでなく、書、俳句にも取り組んでいます。 俳句についての学習を続け、高浜虚子に学んできました。ホトトギスの会では60年余、今この会の精神を受け継いでいるのは三重県に2人残っているだけだということです。平成19年には、米寿を記念して郷里の「五主」という題で549句を集めた俳句集本を出版されました。 現在は一人暮らしで生活をしていますが、「ビルマ戦線のことを思うと何でもない。」と気丈に語っていただきました。 左の水墨画掛け軸作品は、今、一番気に入っている作品で「杜」と名付けています。 |
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| 登録日 | 2010/07/14 |