みえの文化びと検索詳細
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 地域 | 北勢地域 |
| 名前 | 八島 正明 |
| プロフィール | いなべ市藤原町在住。画家。 父親の仕事の関係で名古屋市に転出するが、1944年に郷里に疎開。 終戦直後、栄養失調と天然痘により幼い妹を失う。 三重大学を卒業後、中学校の教員をしながら美術文化協会に所属し、独自の画風で創作活動を続け、1975年に第18回安井賞を受賞。 2001年には美術文化協会を退会し、無所属。個展を中心に作品を発表し、現在に至る。 【主な略歴】 1936年 三重県生まれ 1959年 三重大学学芸学部卒業 1961年 美術文化展初出品(以降、毎年出品) 1967年 第11回 シェル美術賞展 佳作賞(‘70、‘74) 1969年 ジャパン・アート・フェスティバル(パリ) 1974年 ジャパン・アート・フェスティバル(モントリオール) 1975年 第18回 安井賞受賞 個展(東京・東武百貨店) 個展(名古屋・伽藍洞ギャラリー)以降‘77、‘79、‘81、‘85 1977年 第8回 国際青年美術家展、第13回 現代日本美術展 1978年 第12回 日本国際美術展 1979年 明日への具象展(‘80、‘81、‘82) 1980年 現代日本のマニエリスム展 1985年 具象絵画ビエンナーレ(‘89) 1987年 八島正明展(東京・西武アートフォーラム) 1988年 山画廊オープン記念 郷土作家展出品 1990年 八島正明展 -人の歩いてきた道-(三重県四日市・山画廊) 1996年 現代日本選抜展、大阪トリエンナーレ(‘01)、 小磯良平 大賞展で佳作賞 1997年 現代日本美術展 1999年 日中現代美術交流展(中国 福建省・日本 枕崎市) 絵画表現の活断層展(名古屋市民ギャラリー) 2000年 八島正明展(名古屋・ギャラリー名芳洞) 以降‘02、‘03、‘04、‘06、‘08、‘10 2001年 美術文化協会退会、個展を中心に作品発表、以降無所属 2005年 八島正明展(三重・伊勢現代美術館) 自宅にアトリエ・ギャラリー「私呟館(しげんかん)」を開設 2006年 伊藤利彦と響きあう作家たち展(三重県四日市・山画廊) 2007年 八島正明展(山画廊)以降‘08、‘09、‘10、‘12 2008年 版の誘惑(名古屋市美術館) 現代のコンフィギュレーション色さまざま形いろいろ (岡崎市美術博物館) 2009年 幻想と抽象(岡崎市美術館) 2010年 針生一郎が選んだ愛知60年代の現代美術展(堀美術館) 2013年 八島正明展(三重県立美術館) 2014年 八島正明展(山画廊) 主に個展にて作品発表を行う 【主な作品収蔵先】 東京国立近代美術館、愛知県立美術館、滋賀県立近代美術館、名古屋市美術館、堀美術館、刈谷市美術館、岡崎市美術館、豊橋市美術博物館、高浜市かわら美術館、桑名市博物館、碧南市藤井達吉現代美術館、沖縄恵子美術館、豊川市桜ケ丘ミュージアム、三重県立美術館など 【表紙装画】 松本清張「駅路」、森村誠一「凶学の巣」、横川和夫「荒廃のカルテ」 篠田節子「青らむ空のうつろのなかに」(以上新潮社) |
| 記事 | 【生きた証】 大学4年生の時、広島へ一人旅の途中で広島平和記念資料館に立ち寄りました。 そこで、信じがたい光景を目にし、衝撃を受けました。それは、銀行の入り口の石の階段でした。強烈な熱線により周りの石段の表面は黒っぽく変化し、人が腰かけていた部分が影のように白くなって残っていました。開店を待っていた人は原爆の閃光を受け大火傷をし、逃げることもできないまま、その場で死亡したのだと思います。人の体は一瞬にしてなくなってしまい影だけがその人の存在を語る唯一の証になったわけです。 その時、幼くして亡くなった妹の事を思い出しました。わずか2歳でこの世を去ってしまった妹は、写真一枚もなく、何も残っていません。兄として何もしてやることが出来ず可哀想なことをしました。せめても、妹が確かにこの世に存在し、生きた証を残してやりたいという強い思いが湧いてきました。 【モノクローム】 自身が生きてきた時間の中で、広島で見た石段の影、妹が生きた証、旅行で訪れた東北での風景が一つに重なり合い、「影」=白と黒とのモノクロームの世界に引き込まれていきました。 キャンバスに白い油絵具で地塗りをし、完全に乾燥した後、黒い油絵具を重塗りします。手につかない程度に乾いたら、木綿針で画面を引っ掻き白くしたい部分を丁寧に削っていくと黒一色の世界に背景となる白い風景が現れ、繊細な光の筋には独特のモノクロームの静寂が広がります。 制作に木綿針を使うのは、幼いころ母親が和裁の仕事をしており、針が家の中に沢山あった事から思いつき、木綿針で引っ掻く線描技法で描く様になりました。 モノクロームの世界を描き始めた当初は、あまり人物を描くことはしませんでした。 あるとき、母親の後ろ姿が写った写真を目にしたときに、「人の後ろ姿も結局は影である。」と気づきました。作品の題材となる「人物の後ろ姿」も「描かれた花」も「鏡文字」も、すべてに「影」が存在するのです。まさしく、「影」そのものです。 【今後の活動】 2001年に美術文化協会を退会し、その後は無所属で活動を続けています。 個展を中心に作品を発表しています。 最近は、毎年1回四日市で、2年に1回は名古屋で、数年に1回は東京で個展を開いています。今後もそのペースを崩すことなく、作品を発表していきたいと思います。 いなべ市のアトリエ・ギャラリー「私呟館(しげんかん)」でも、個展を開催し、多くの方に作品を観ていただきたいと思います。 これからも、身体が動く限り少しでも多くの人にモノクロームの世界を伝え、人々の様々な人生や人間の尊厳を描き続けていきたいです。 ◆取材者から◆ 今回は、四日市にあります「山画廊」にて開催中の「八島正明展」(H26.10.10~10.19)に伺い、取材させていただきました。お忙しい中、お話を伺って先ず先生の控えめで気配りの行き届いたお人柄を感じました。 八島先生の作品は、とても繊細な線で表現されているモノクロームの世界で、油彩画とは思えないほどすっきりとスタイリッシュなもので、まるでペンで描いたような細やかな作品です。八島先生のモノクロームの世界には様々な人々の人生が描かれており、単純に「黒と白」だけでは表現できない色彩の渋味と奥深さを感じます。 作品は、人の人生そのもののような気がします。様々な人たちの生き方が心に伝わってくるような、深く哀愁をおびた感動的なものでした。 今後の活動についてとても力強く決意を語って下さった八島先生の、これからの益々のご活躍に期待しております。 |
| 問い合わせ先 | いなべ市藤原町大貝戸1646-1 TEL・FAX : 0594-46-4505 |
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| 取材機関 | 桑名地域防災総合事務所 |
| 登録日 | 2014/10/29 |