みえの文化びと検索詳細
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 地域 | 北勢地域 |
| 名前 | 水谷 宣夫 |
| プロフィール | 鯨船 勢州組保存会 会長 ◆抱き続ける祭りへの思い 四日市市内で貴金属店を経営しながら、趣味で集めた四日市祭主役の「大入道さん」グッズを展示し、四日市地域まちかど博物館「大入道さんminiミュージアム+Y」にて公開しています。 「300年以上の歴史ある“四日市祭”を文化の伝承として未来に残し、バトンを渡す中継者でありたい。」水谷さんの願いです。 |
| 記事 | 【北納屋町『勢州組』(本家)から七つ屋町『新勢州丸』(新家)へ】 明治・大正期の「四日市祭」は鯨取りの様子を再現した演技を行う奉納山車の多さや、豪華な練物で、「東海の三大祭」(祇園祭・長浜祭・四日市祭)と呼ばれていました。 その中の北納屋町所有の鯨船『勢州組』は、新造船を造った際に塩浜地区、七つ屋町へ売却されました。当時は経済が上向きになると新しい鯨船が造られる心意気にあふれた時代だったのです。 七つ屋町では『新勢州丸』と名付けて、塩浜駅近くの御園神社の祭礼で祭車として披露、明治39年から昭和37年まで地元で親しまれてきました。 しかしその後祭りは途絶えて、練倉に収納されたままの『新勢州丸』は古くなり、昨年秋、廃棄されるとの情報を知った水谷さん、切り刻まれる光景を想像し、いても立ってもいられず、独断で引き取りを決めたといいます。 【高い美意識】 「模擬捕鯨のストーリーと所作の伝承が受け継がれている鯨船は、芸術的・芸能的にも優れており郷土の文化財。昔からの伝統をできるだけ忠実に伝えたい。」水谷さんは一途な思いに突き動かされたといいます。幸い自治会、商店街振興組合の好意的な理解と支持を得、109年ぶりの里帰りが実現しました。 早速、“勢州組保存会”を立ち上げ自ら会長として修理の段取り、資金調達に奔走の日々となりました。水谷さんの熱意に商店街のメンバーをはじめ、自然発生的に“まつり応援団”も動き出しました。 【出会い、感動】 「かつて鯨船の修理に関わった匠の技術を持つ鉄工所の社長さんとの出会いも得られ、追い風を受けながら『勢州組』の修理ができました。」と喜びを語ってくださいました。 『勢州組』は6月初め、七つ屋町から本町通り商店街へ引き渡されました。 「まるで手塩にかけた娘を嫁に出すような心境だったのでしょう。見送って下さった地元の女性が“行ってしもうた”とポツリとつぶやいた言葉が胸に迫り温かい感動に包まれました。」と、七つ屋町で愛され、守り続けてくれた地域の人達の心に感動したといいます。 本番目前、からくり山車「岩戸山」とともに109年ぶりにお披露目できる晴姿を想像し、“皆がその気になってくれた”喜びに感慨もひとしおであったそうです。 |
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| 取材機関 | 四日市地域防災総合事務所 |
| 登録日 | 2014/09/01 |