みえの文化びと検索詳細
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 地域 | 北勢地域 |
| 名前 | 佐々木 一 |
| プロフィール | 菰野町在住の郷土史研究家。 1924年8月 菰野町に生まれる(現在89歳) 1938年 14歳・菰野尋常高等小学校卒業。農業に従事。 1944年 20歳・陸軍(中国)に招集される。 1946年 22歳帰還。 1949年 25歳の時結婚。この頃より郷土史の探索を始める。 1952年 28歳・智福寺、山田玉田老師に漢文・古文書を習う。 1954年 30歳・旧菰野町・町会議員に推薦される(二期) 1963年 39歳・菰野町農協職員に採用される。 1973年 49歳・菰野町教育委員会に採用される。 1978年 54歳・菰野町郷土資料館初代館長に就く。 1987年~1997年 菰野町史(上巻・下巻)編纂。中心的役割を果たす。 1987年 三重県・文化奨励賞 1993年 三重県・平成文化賞 1996年 菰野町・町民功労賞 2003年 79歳・25年間務めた郷土資料館を退職 2004年 三重県・県民功労者表彰 2011年 地域文化功労者表彰・文部科学大臣賞 2013年10月 菰野町名誉町民に選ばれる。 若いころから家業の農業に従事、徴兵により中国へ招集されましたが、数奇な体験を得ながら帰還、再び農業に従事しました。 佐々木家の曾祖母が奉公先の武家で学んだ厳しい作法やしつけ『きちんとすること・正直であること』を家訓として伝承し守り続けました。こうした誠実な生き方はその後、半世紀以上にわたって郷土史、民俗学の研究にコツコツと取り組む勤勉さにつながり、また人生の節目に多くの幸運な出会いに恵まれることにももつながっていきました。 |
| 記事 | ◇強い使命感 終戦後、急変した世の中の価値観、失われていく古き良き郷土の伝統や習慣、先人たちの苦労が忘れ去られていくことに不安を感じた佐々木さんは、「地域のお年寄りたちから話を聞き、記録にとどめ、後世に伝えなくては!」と、熱い思いと固い決意から農作業の傍ら、暮らしと郷土史の探索を始めました。 『郷土史研究家・佐々木一』のスタートでした。 ◇民俗学研究に熱中 「黄檗宗智福寺の住職、山田玉田老師に漢文・古文書の指導を10年にわたり仰いだことで後々の研究に大きな力をいただきました。」と、幸運な出会いに今も感謝の心を忘れません。 人望の厚かった佐々木さんは、旧菰野町の町会議員(推薦)や農協の職員として働き、その間も民俗学を独学で研究し、現地を訪ね、その土地の空気や庶民の暮らしに触れて、話を聞き、写真やスケッチに残すことを繰り返す“現場取材”に徹底しました。 「歩く・見る・聞く」を信条とし、自らの農業体験、苦学、独学で得た豊富な知識を活用し丹念に調査、“足で稼ぐ”をモットーとした正に民俗学の原点を貫きました。 ◇温和で繊細な人柄 「私は貧しい百姓の家に生まれて良かった。田舎での出来事は幼いころからほとんど経験してきたし、地域のお年寄りとは妙にウマが合って、どんなことでも親切に教えてくれた。だからこそいろいろ調べることができた」と謙虚に来し方を振り返ります。 身近な老人たちが笑顔で語る“よもやま話”を聞くことはとても楽しかった、と言います。質素でも心豊かに暮らす当時の人々への優しい眼差しにあふれ、農耕の苦楽を共にする牛など家畜へも深い愛情を注ぐ慈しみに満ちた佐々木さんの当時の様子がうかがえます。 ◇「出会い」で学んだ生き方 終戦になり帰還寸前、同姓同名者の残虐行為によって戦犯の嫌疑がかけられ抑留されるという、「腰が抜けるほどの驚き」を体験しました。後に無実となるものの、この間、一兵卒でありながら最高指揮官らの温情によって手厚く見守られた日々だったそうです。 佐々木さんはこの思いがけない上官との出会いがその後の生き方、考え方に大きく影響を受けたといいます。 ◇35年以上続く『歴史こばなし』 “広報こもの”に連載中の『歴史こばなし』は35年以上、現在426回の驚異的なシリーズとなっています。郷土の今昔がやさしい語りで紹介され、毎月楽しみにしている町民の方々は多いといいます。現在も各種の講座やサークル活動の講師として活躍しながら、自身の趣味の短歌にも意欲的に取り組む日々を過ごしています。 自分の苦労話や意見を主張、あるいは自慢話など決して語ることなく、控え目で気配りの行き届いた佐々木さんのファンは数多く、郷土愛と永年の功労に敬意と拍手を送り続けています。 |
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| 登録日 | 2013/10/30 |