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向井 浩高

項目 内容
地域 東紀州地域
名前 向井 浩高
プロフィール 昭和43年 熊野市木本町に生まれる
平成3年~ 実家の向井ふとん店に従事する
平成17年7月 大畑弘氏に市木木綿の織りを習い始める。
平成18年10月 木工職人、陶芸作家と「くまの手仕事展」を開催 
平成19年3月 寝具制作一級技能士を取得
平成21年3月 全国技能競技大会・敷布団の部優勝
平成21年8月 おかげ横丁 伊勢の匠展に出展
記事 三重県の伝統工芸品に指定されている市木木綿は、七里御浜に面した御浜町市木の集落で明治期にはじまった綿織物です。かつては、この地方特産のみかんの栽培も始まっていませんでした。また、年に何度も高潮被害に悩まされ農業も振るいませんでした。そのため綿布を織って収入源としていたのです。
 市木木綿は、撚(よ)りをかけない単糸を使うのが特徴です。はじめは糊が効いてるのでゴワゴワしますが、洗うほどに糊が抜けて、やわらかくなります。丈夫で通気性がよいため、作業着や布団に最適で、昔から熊野の人々の暮らしの布として愛されてきました。着物やモンペ、布団生地などの使い古した市木木綿は風呂敷やお手玉、わらぞうりの鼻緒として再利用されたと聞きます。
 明治末期には36件あった織物工場は、時代のあおりを受けて昭和末期には2件のみとなりました。そのうちの一軒が大畑織物工場でした。
はじめ、向井さんは布団を作るために最適な市木木綿の生地を大畑織物工場から分けてもらっていたのですが、工場主である大畑さんがご高齢のため廃業することになりました。その時に市木木綿の伝統の灯を消してしまっては勿体ない、伝統の技を守ろうと思い、大畑さんに技術の伝授と工場の使用を申し出ましたら、快諾してくださったことが、市木木綿を織り始めたきっかけです。
 現在は週に2回程度、工場に出向いて自ら布を織り布団や枕、モンペ、巾着、マイ箸袋、ブックカバーなどを制作しています。
苦労したことは、織機が古い為に調節が難しいことです。機械の具合は日によって天気によっても違い、またそれぞれの機械によってクセがあるので微調整を繰り返す必要があり苦労します。
嬉しいことは、昼寝布団や枕は寝心地が良いとか風合いが気持ちいいと喜んでくれる方がいることです。
現代は大量生産使い捨ての時代ですが、人々の暮らしの中で思い出と一緒に永く使ってもらえるような布を織っていきたいと思っています。
問い合わせ先
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ホームページ http://mukaifuton.exblog.jp/
取材機関
登録日 2009/10/07