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内田 鋼一

項目 内容
地域 北勢地域
名前 内田 鋼一
プロフィール 陶芸家
1969年名古屋市生まれ。1992年四日市市に移り独立。1993年より個展を中心に活動。国内だけでなく、ニューヨーク、ロンドン、イタリア、フランス、西アフリカ、南米、韓国、中国等で制作および発表。
記事 ◆「特別な師に就かず、弟子も持たず、工芸展等への出展もなく、受賞歴も公表しないし、販売ルートも特になし、頓着しない性格でほとんど朱に交わることなくやっていますね」と、内田さんは異端児を自認、スポーツで鍛えた頑健な体格とは裏腹にやさしいまなざしで、はにかみながら話します。
 子どものころから人一倍好奇心が強く、「物を作る」ことに興味のあった内田さんは、身の回りにある針金や廃材を遊び道具にし、自転車の分解や改造など興味の赴くままに好奇心を発揮する少年でした。
 高校も特別な目的をもって窯業科を選んだわけではなく、「物を作るのが好き」という理由から漠然と進みますが、何もない土から形を生み出す面白さに惹かれたと言います。そのころの経験、知識は内田さんの生きる肥やしとなって蓄積されていきました。

◆卒業後は海外に渡り、訪ねた土地の村で焼き物をし、働きながら日本と海外の旅を繰り返していました。手掛けた焼き物は、産業、建築、生活の必需品など多岐に渡りました。
 「日本で身に着けた知識も技術も既成概念もすべてが全く役に立たない異文化の世界で適応能力が試される時でもありました。現地の焼き物は実に健康的でおおらかな仕事から生まれるものであり、アートとは無縁でありながら感動的な美しさがありました」と振り返ります。初めて自分が目指す焼き物に出会い、本質に向き合ったと言います。
 海外との行き来を重ねるうちに多くの人との関係が拡がり、繋がっていきました。現在、海外の美術館での展覧会やワークショップ、大学のレクチャーなどからオファーがあり何度も外国に出かけていることにも繋がっています。

◆20年ほど前、四日市市内にアトリエを構えました。食器から茶道具、何メートルもあるオブジェや陶板など内容は様々ですが、昔も今も焼き物に接するスタンスにはブレもなく、気負いもないと言います。
 10年前、パラミタミュージアムの入口外壁「陶板」とパラミタガーデン「壺の道」制作展示は若手作家として注目を浴びるきっかけとなりました。現在は、あちこちのギャラリーやお店からも声がかかり、各地で個展が開催されています。毎日日本のどこかで“内田鋼一展”が開催されているほどの人気作家となっています。

◆陶芸を志す若者からよく聞かれることがあると言います。「陶芸の勉強に外国へ行った方がいいのでしょうか」と。即座に「必要ない」と答えます。「チャレンジの意志さえあればどんなところでも体験も勉強もできます」と明快です。
 気骨ある生き方と人柄あふれる作品は、より多くのファンを魅了し続け、惹きつけています。
 現在も個展に向けて制作に余念のない毎日が続きます。
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登録日 2013/03/11