みえの文化びと検索詳細
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 地域 | 東紀州地域 |
| 名前 | 濱口 禎也 |
| プロフィール | ・昭和17年5月生まれ。 ・小学生の頃より、化石や鉱物、岩石などに興味を持つ。 ・尾鷲市役所に就職後、休日を利用して化石採集を始める。 化石や鉱物の研究や調査を行っているうちに、「かつて人々が歩いた古い道」に興味を示すようになり、田丸から那智までの熊野古道伊勢路を踏破。のち、伊勢路を歩いた人々の道中記収集に尽力する。現在は、“いにしえの人々が見た熊野古道”“石と人々の暮らし”をテーマに、熊野古道そして尾鷲の町中のガイドとして活躍中。 現在66歳 熊野古道伊勢路語り部友の会 語り部友の会 海山郷土史研究会 語り部だまり部矢浜街道町おこし実行委員会 |
| 記事 | 今回は、熊野古道の語り部、尾鷲市の町中ガイド、そして郷土史の研究者として幅広く活躍されている濱口禎也さんをご紹介します。 濱口さんの魅力は、実際に現地へ赴き、自身で聞き取り調査などを行い、そして作成した資料をもとにガイドを行うということです。そのフットワークの軽さは半端ではなく、熊野古道に関連する道中記のルーツを辿り、北は東北から南は九州の宮崎県まで足を伸ばされています。「実際に自分の目で確かめないと気が済まない」と語る濱口さんの強い思いに迫ってみました。 <濱口さんが熊野古道伊勢路全域、そして郷土史を研究するに至ったきっかけ> 濱口さんは、幼少の頃から化石や鉱物などが大好きで、カレイ、ウニ、ヒトデ、魚鱗、木の葉などの化石を採集しており、同時に地質学の研究や縄文期の土器の発掘などにも力を入れていました。この時、現地調査のために当時は不明瞭な区間も多かった熊野古道にもよく分け入っていたとのことです。 20代半ば頃、こういった古いもの、太古の痕跡を探求するうちに、大半が藪と化してしまったいにしえの道に対して強い興味を持つようになり、約1年がかりで玉城町田丸より和歌山県の那智山に至る熊野古道伊勢路を、沿道の長老らに聞き取り調査をしながら踏破しました。 濱口さんが踏破した昭和40年代前半当時、案内標識や情報も皆無で、大台の三瀬坂峠、ツヅラト峠、始神峠、曽根次郎坂太郎坂など、ほとんどが道とは呼べないほど荒れている状態でした。 「沿道の人に聞き取り調査を行ったところ、本人および本人の両親、祖父母が実際生活道として利用していたという情報が入手でき、それを頼りになんとか道をつなげた。いにしえのロマンを感じた」と、興奮したように当時の様子を話す濱口さんの笑顔には若々しさとパワーが満ちあふれていました。 <熊野古道を広域に渡って踏査をした後> 昭和40年代前半、まだ熊野古道という言葉すら存在しなかった頃、当時の年配の人が、かろうじて周辺集落をつなぐ生活古道が存在したことを記憶している程度の情報しかありませんでした。 濱口さんは、その情報だけを頼りに伊勢から那智までを歩き、そこで初めてこの道が伊勢から熊野へ、聖地と聖地をつなぐ長大な巡礼道だったことを察しました。濱口さんは踏破後、江戸期に巡礼者としてこの道を辿った人の思い、見た光景、現在との違いに興味を示し、江戸期の道中記収集に着手しました。 そのほとんどが県外からの巡礼者が著したものであったため、より明らかな情報入手のため、福島、新潟、茨城そして宮崎県に赴きました。 濱口さんは「今の私達が見ているものではなく、かつてここを行き交った人たちの視点に立って語り部をしていきたい。それが熊野古道の本質を伝えることにつながると思います。そのためには、いにしえの人の“生の情報”道中記が一番頼りになる」と語ります。そして、現地で見たもの、聞き取ったこと、道中記などの史実を元に、多くの資料を作成してきました。 <現在、そして今後の目標> 「今までは、自分が興味を持ったことを調べ、自分が納得いく資料を作ってきた。しかし、今後はこの資料をもって、地元に対して何か貢献できないか」 そう思い始めた濱口さんは、10年ほど前より、長い年月をかけて作成してきた資料をもとに、尾鷲を中心にガイド活動を始めました。 自身が古道客にガイドをするだけでなく、地元の歴史や文化に興味がある人を対象に、ガイド養成も行ってきました。さらに、古道だけでなく、尾鷲市街地の調査も始め、「おわせふるさとガイド」として町中のガイドもされています。 尾鷲は、馬越峠と八鬼山という険しい峠の間に位置しており、多くの巡礼者が憩った旅籠街でもありました。そのため、道中記などでも、不安とまだまだ遠い聖地への憧れが交錯したような感情がくみ取れます。「昔の人がどのように尾鷲の町を見てきたのか。そのことを知ることにより、この町の新たな魅力が発見できる」と濱口さんは意気込みます。 <私から見た濱口さん> 古代の化石、土器、地質学研究と江戸時代の巡礼。一見関係ないようにも思えますが、濱口禎也さんという一人の人間のなかでそれは強く結びついていました。全てはいにしえに対するロマン、あこがれから始まったという濱口さん。実際に山奥へ分け入っての発掘調査、情報や案内板が無いに等しい200kmの古道踏破、数百年前の人が残した文献や道中記を日本各地へ足を伸ばして収集したその行動力は筆舌に尽くしがたいものがあります。現在、濱口さんによる古道や町中のガイドを聞いていると、必ず石垣、猪垣、石畳の年代別特徴、墓石の石質、古道形成のためくり抜かれた岩盤の特徴など、地質学に基づく専門的な説明が出てきます。濱口さんのガイドは常に、古代と中世、そして近世がうまく結びついています。そこには、大昔から人類が歩んできた壮大な古道像が垣間見られるような気になります。 |
| 問い合わせ先 | |
| ホームページ | |
| 取材機関 | |
| 登録日 | 2008/07/31 |