資料詳細

日置神社の神事踊

項目 内容
文化財名 日置神社の神事踊
附名 ひおきじんじゃのしんじおどり
指定区分
指定種別(詳細種別) 無形民俗文化財
指定・登録日 2019/01/28
市町 伊賀市
所在地 伊賀市下柘植
所有者 下柘植宮踊保存会・愛田かっこ踊り保存会
員数
構造
年代
サイト
概要  毎年4月10日、日置神社(伊賀市下柘植)の春祭に奉納されている踊りで、県内で「かんこ踊り」と総称される風流太鼓踊りのひとつである。踊りの始まりは定かでないが、下柘植には嘉永元(1848)年の歌本が残る。明治41(1908)年に、愛田と下柘植の両地区にあった日置神社が下柘植の日置神社に合祀されるまでは、それぞれの地区がそれぞれの神社で祇園祭に奉納していた。戦中・戦後に幾度か中断したが、下柘植が昭和52(1977)年、愛田が昭和53(1978)年に復興してからは、下柘植2年、愛田1年の3年周期で奉納されている。
 基本的な踊りの体形は、神殿・鳥居を背に貝吹きと歌4人が並び、鬼と踊り子6人は2列縦隊となる。衣装は両地区で細部は異なるが、大きくは共通している。踊り子は上衣が紺の短着物に角帯を締め、下衣は裁着袴、手先は白手甲、両足は白足袋に草履を履く。背にオチズイと呼ばれる花飾りを負い、胸前に締め太鼓を付ける。オチズイは、細く割った竹に紙を染めた花と葉をつけて枝垂れ桜に似せた背負い飾りで、伊賀及び周辺地域のかんこ踊り、祇園祭に特徴的なものである。鬼は赤鬼と黒(青)鬼がおり、腰から瓢箪やでんでん太鼓、印籠やたばこ入れをつるし、頭にシャグマ(毛髪)を被り鬼面をつける。貝吹きと歌出しは紺または白の着物に角帯を締め、半纏を羽織り、笠を被り、白手甲、白足袋、草履または下駄履きである。
 伊賀のかんこ踊りの大きな特徴は、「じんやくや」「じゅんやくや」などと節毎に囃す「じんやく踊り」を伝えるところにある。「じんやく」は「順逆」の意であり、流行の小歌を順意不同につなぎ合わせた形が、中世の風流踊りの形態を典型的に残すと評価されている。また、じんやく踊りは伊賀地域を中心にして近江・山城・大和・伊勢など周辺地域に分布しており、17世紀以降、新大仏寺(伊賀市富永)の雨乞い信仰とともに、周辺に伝播したと推測されている。加えて、東日本に広く分布する獅子踊の入場や退場において、じんやく踊りの歌詞が取り入れられている点も特筆される。このじんやく踊りは、「神役」「重役」などと記す例が語るように特別な曲とされるが、節拍子が句毎に変化する難しい曲でもあり、肉体的負担が大きいため、廃曲となった例が多い。日置神社の神事踊は、中世末期の風流踊りの系譜をひく伊賀地域の太鼓踊りの形態を伝えるとともに、じんやく踊りの継承は芸能の発生や成立を示しており、学術的な価値が高い。