資料詳細
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 文化財名 | 木造如来坐像(頭部快慶作) 頭部内面に大和尚南無阿弥陀仏、大仏師安阿□□□等の銘がある/石造基壇 |
| 附名 | もくぞうにょらいざぞう(とうぶかいけいさく)/せきぞうきだん |
| 指定区分 | 国 |
| 指定種別(詳細種別) | 重要文化財/彫刻 |
| 指定・登録日 | 1975/06/12 |
| 市町 | 伊賀市 |
| 所在地 | 伊賀市富永 |
| 所有者 | 新大仏寺 |
| 員数 | 1躯/1基 |
| 構造 | |
| 年代 | 鎌倉時代(前期) |
| サイト | |
| 概要 | 像高293㎝、針葉樹材、寄木造。頭部は鎌倉時代のものだが、体部全体が江戸時代の後補である。頭部は一材から彫成し、頸部の下端を体部に差し込む。内刳部等に「大和尚南無阿弥陀仏」(重源)、「大仏師安阿□」(快慶)のほか、多数の結縁者の交名が墨書されている。俊乗房重源のもと、快慶とその弟子によって造像されたとみられる。制作年代は建仁末(1203)年頃と考えられ、重源が開創した、伊賀別所の丈六弥陀三尊像の中尊に相当するものと思われる。なお、重源が作成した『作善集』の記載から、本像は播磨別所(現在の兵庫県小野市・浄土寺)に安置されている木造阿弥陀三尊像(国重要文化財)と同様の丈六立像であったと考えられる。切れ長で抑揚のある両眼、厚目ながら形良くまとめられた唇など、大作にふさわしい悠揚とした落ちつきを示すものである。 体部は、江戸時代の享保年間に京仏師祐慶が再興したものとされている。 附の石造基壇は直径約4.8m、高さ約1.3mで、砂岩製(凝灰岩製という見解もある)の切石を20数個用いている。側面には獅子や童子などが浮彫で表現されている。中国・宋の石造文化から直接影響を受けた作品で、制作者も宋人とする見解が多い。県内でも類い稀な石造文化財として特筆されるものである。 |