資料詳細
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 文化財名 | 木造聖観音菩薩立像 |
| 附名 | もくぞうしょうかんのんぼさつりゅうぞう |
| 指定区分 | 県 |
| 指定種別(詳細種別) | 有形文化財/彫刻 |
| 指定・登録日 | 2009/03/11 |
| 市町 | 伊勢市 |
| 所在地 | 伊勢市中之町 |
| 所有者 | 宗教法人寂照寺 |
| 員数 | 1躯 |
| 構造 | |
| 年代 | 鎌倉時代(前期) |
| サイト | |
| 概要 | 総高152.9㎝、檜材、割矧造。 材を縦に割り、内側を刳り貫いた後に再び合わせて仕上げる「割矧造(わりはぎづくり)」と呼ばれる技法で作られているが、左手指の一部や両足先、左右の天衣(てんね)垂下部等は、後補である。体を左に捻った形姿は単独像としては左右のバランスを欠くため、元来は本尊の右脇侍(きょうじ、本尊の左右に配置される仏のこと)であった可能性が強い。 小像ながらゆったりとし、威風と大きさを感じさせる。口元は強く結ばれ、やや沈欝な厳しい表情をつくる。腰を左に捻って右足を踏み出す動きのある姿勢を的確にあらわし、太づくりの上腕や大腿部の肉体表現は重厚ながら弾力感があってみずみずしい。その現実感に富む体勢表現は秀逸で、鎌倉時代初期(13世紀初頭)の熟練した技術を持つ作者によると考えられる。晩年期の運慶の作風に通じるが、衣文の彫りが浅めで動きを抑えた単調な表現である点に、平安時代の感覚を残している。運慶風の晩年の作風を学びつつも、自ら円熟に達した作者の手によるものと考えられ、慶派の作風の影響と多様な作者の存在を物語る興味深い優品である。 本像は、寂照寺(じゃくしょうじ)の観音堂に秘仏として伝わる。寂照寺は延宝5(1677)年に徳川家康の孫で豊臣秀頼の正室であった千姫の菩提を弔うために創建されたと伝えられる。寂照寺境内は伊勢市の要地にあって広大であったため、創建時までに何らかの前身寺院が存在した可能性もある。千姫の死(寛文6年・1666年)後、多くの遺品が下賜されたが、この聖観音菩薩立像が千姫の遺品だったものか、寂照寺が開かれる以前から当地に伝えられたものなのかは、火災によって記録が失われており不明である。 |