資料詳細
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 文化財名 | 日永一里塚跡 |
| 附名 | ひながいちりづかあと |
| 指定区分 | 県 |
| 指定種別(詳細種別) | 史跡 |
| 指定・登録日 | 1938/04/12 |
| 市町 | 四日市市 |
| 所在地 | 四日市市日永 |
| 所有者 | 日永地区連合自治会 |
| 員数 | |
| 構造 | |
| 年代 | 江戸時代 |
| サイト | |
| 概要 | 江戸幕府は慶長9(1604)年東海道等の修理にあたり一里塚を築かせた。四日市市内の東海道には4個所に一里塚が築かれていたが、いずれも削平されてしまっている。 日永の一里塚跡は、日永5丁目の倉庫と住宅に挟まれた空き地にあり、現地には「史蹟日永一里塚阯三重県」と記した石碑が建っている。もともとは当地から北の2丁目にある榎(えのき)の老樹が一里塚として指定されたが、再調査により当地に変更された。 元禄3(1690)年版の菱川師宣(ひしかわもろのぶ)の『東海道置絵図』に当地が明記されており、明治の始め頃まで道路の両側に5m四方で高さ2.5mの塚があり、榎と松が茂っていたと言う。 |