資料詳細
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 文化財名 | 名張藤堂家邸跡 |
| 附名 | なばりとうどうけていあと |
| 指定区分 | 県 |
| 指定種別(詳細種別) | 史跡 |
| 指定・登録日 | 1953/05/07 |
| 市町 | 名張市 |
| 所在地 | 名張市丸之内 |
| 所有者 | 名張市 |
| 員数 | |
| 構造 | |
| 年代 | |
| サイト | |
| 概要 | 藤堂高虎の養子高吉は寛永13(1636)年に名張に封を受け、城を築いたが宝暦7(1710)年に大火により焼失、後すぐに大規模な邸宅として再建された。 江戸中期の図面が残り、敷地約188アール、部屋も1083畳に及んだという。部屋は大別して表向、表住居向、奥住居向、大台所向に区分され、他に武芸場もあり、主な部屋は床、違棚があり、間取りは複雑で大名屋敷として相当なものであった。 明治初年に大部分が取り壊され、奥住居の一部と正門が残るのみである。屋根は桟瓦葺、中奥の間と囲の前面に書院式枯山水の庭園がある。平成4年に保存修理が行われ、大名の住宅を知り得る県内唯一の文化財であり、一般公開されている。 |