資料詳細
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 文化財名 | 鐔 |
| 附名 | つば |
| 指定区分 | 県 |
| 指定種別(詳細種別) | 有形文化財/工芸品 |
| 指定・登録日 | 1956/05/02 |
| 市町 | 松阪市 |
| 所在地 | 松阪市塚本町 |
| 所有者 | 個人 |
| 員数 | 8枚 |
| 構造 | |
| 年代 | |
| サイト | |
| 概要 | 8枚ある。①蜻蛉図鐔、②胡蝶図鐔、③花桐錫杖図鐔、④牡丹図鐔、⑤桜葉桜花流水図鐔、⑥梅竹図鐔、⑦鶴丸植物図鐔、⑧海老松葉図鐔である。⑥は山銅地、他は鉄地である。①は縦8.3㎝、横7.7㎝、厚さ0.5㎝。銘は、①・⑧「於総州佐倉/国友命明作」、②「城州於淀/国友貞栄作」、③「正栄」、④・⑥・⑦「間」、⑤「貞栄」とある。象嵌には銅・錫・亜鉛などを原料とした白鉛色の特殊合金を用いており、「砂張(さはり、佐波理とも)」と呼ばれた。また、平田七宝の工絵なども取り入れている。 江戸時代に、近江国国友村(現在の滋賀県長浜市)の鉄砲鍛冶が、火縄銃の銃身に施す布目象嵌の手法を刀の鍔に応用したものである。彼らは江戸時代の元禄年間(1688~1704)には亀山に居住し、大給松平家の転封に伴い、淀・佐倉・山形・西尾へと移住しているようである。これらを総じ、「亀山鐔」や「間鐔」の名で親しまれていた。 「さはり象嵌鐔」のまとまった一群として、資料的価値が高いものである。 |