資料詳細

伊勢国府跡

項目 内容
文化財名 伊勢国府跡
附名 いせこくふあと
指定区分
指定種別(詳細種別) 史跡
指定・登録日 2002/03/19-2017/10/13
市町 鈴鹿市
所在地 鈴鹿市広瀬町
所有者 個人・鈴鹿市ほか
員数
構造
年代 奈良~平安時代
サイト
概要  古代伊勢国の政治の中心地である国府の跡である。この遺跡は、鈴鹿川中流北側の河岸段丘上にあり、長者屋敷(ちょうじゃやしき)遺跡と呼ばれ古くから古代の瓦が大量に出土する場所として知られていた。最初の発掘調査は、昭和32年に京都大学の藤岡謙二郎氏によって行われ、鈴鹿関との関係から軍団機能を兼ね備えた奈良時代の国府跡と考えられた。本格的な発掘踏査は、平成4年から鈴鹿市が国庫補助を受けて実施しており、政庁跡や役所関係の遺構が多数確認され、この遺跡が奈良時代中頃から平安時代初めまでの伊勢国府の跡であることが明らかになった。
 国府の中心施設である政庁跡は建物基壇の遺存状況がきわめて良好である。政庁は正殿(せいでん)、後殿(こうでん)及び東西の脇殿(わきでん)とこれらをつなぐ軒廊(こんろう)などからなり、東西約80m、南北約110mの築地塀(ついじべい)で囲まれている。政庁の建物はすべて瓦葺礎石建物で、建物配置や規模は近江国府政庁と酷似している。政庁区画の西側には政庁とほぼ同じ規模の施設(「西院」さいいん)がある。
 政庁から200m程離れた他の2地区からも、数棟の大型の瓦葺礎石建物がみつかっており、中には屋根瓦の一部が倒壊したままの状態で見つかった部分もある。これらは国司館(こくしやかた)など国府の役所に関係する建物と考えられる。 また、文字瓦や鬼瓦を含む大量の瓦などが出土している。さらに、政庁などの周辺には都城の条坊に類似した土地の区画の存在も指摘されている。
 古代に大国にランクされ、また鈴鹿関を所管する重要な伊勢国の国府跡であり、国府全体の構造を把握できる重要な遺跡である。