資料詳細

石薬師の一里塚跡

項目 内容
文化財名 石薬師の一里塚跡
附名 いしやくしのいちりづかあと
指定区分
指定種別(詳細種別) 史跡
指定・登録日 1937/08/27
市町 鈴鹿市
所在地 鈴鹿市上野町83
所有者 鈴鹿市
員数
構造
年代 江戸時代
サイト
概要  徳川家康は慶長6(1601)年に東海道の宿駅を設定したが、石薬師宿はややおくれた元和2(1616)年に定められた宿駅で、東海道53次のうち44次にあたる。一里塚は采女(うねめ)と中富田の一里塚との中間にあって、正徳元(1711)年の『東海道分間之図』に蒲川橋を土ばしと記し、北側に南側に塚があり、榎(えのき)が植えられている。今はその面影を全くとどめないが、戦前にはこのあたりから庄野にかけて、きれいな松並木が残っていたと伝えられている。