資料詳細
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 文化財名 | 阿坂城跡/高城跡・枳城跡 |
| 附名 | あさかじょうあと/たかじょうあと・からたちじょうあと |
| 指定区分 | 国 |
| 指定種別(詳細種別) | 史跡 |
| 指定・登録日 | 1982/04/07 |
| 市町 | 松阪市 |
| 所在地 | 松阪市大阿坂・小阿坂 |
| 所有者 | 松阪市ほか |
| 員数 | |
| 構造 | |
| 年代 | |
| サイト | |
| 概要 | 松阪市北部の標高約310mの山頂に立地する。城は北畠氏の本拠である多気(たげ、津市美杉町)と伊勢平野を結ぶ中村川流域を抑える重要地点に築かれる。 城は南北2つの曲輪(くるわ)群から構成されている。南曲輪群は最高所にあり、台状をなす主郭(しゅかく)と帯曲輪(おびくるわ)、堀切(ほりきり)、竪堀(たてぼり)からなっており、北曲輪群は土塁(どるい)を持つ主郭と畝状竪堀群(うねじょうたてぼりぐん)、長大な竪堀からなっている。 南北朝期の文献にも現われる城で、室町期にも北畠氏と室町幕府との合戦に使われたという記録がある。また、『信長公記』には、戦国期末の織田信長による南伊勢侵攻時にも、北畠方が籠城したという記事がある。地元では「白米城」としてたいへん親しまれている。附となっている枳城跡は阿坂南曲輪群に類似した構造である。高城跡は土塁と虎口を有している。 南伊勢における中世後期の大名権力による拠点的な城の遺構として高い価値を持っている。 |