銅鏡等を探しています
旧三重県立博物館(昭和28年6月開館)が昭和38年に県民の方からお預かりした「獣形鏡」等が所在不明になっています。
所在不明となっている品について、発見につながる情報がございましたら、下記の連絡先までご連絡くださいますようよろしくお願いいたします。
所在不明となっている品
- 獣形鏡 1面
※ 文献によっては「漢式鏡」、「珠文鏡」、「乳文鏡」とも記載されています。 - 切子玉(水晶) 1個
- 管玉 9個
- 須恵器(蓋のみ) 1個
鏡について
拓影及び写真
所在不明になっている品のうち鏡については、拓影と写真が残されています。
拓影(※1) |
写真(提供者名省略) |
※1 『多気郡多気町河田字東谷 河田古墳群発掘調査報告書Ⅲ』(昭和61年3月 多気町教育委員会)より
鏡の特徴
- 拓影等を参考にすると、面径は9cm
- 内区の紐のまわりには獣形から変化した乳文が13個連なり、その外側には櫛歯文・波文・鋸歯文帯がめぐっている
- 5世紀後半から6世紀のぼう(※にんべんに方)製鏡(日本国内で鋳造された鏡)とされている
※ いずれも『明和町史 史料編 第一巻』(平成16年3月 明和町)より
鏡以外の品について
鏡以外の品については、残念ながら写真等の資料が残されておらず、品名及び個数以外の情報がありませんので、次の点を参考にしてください。
切子玉、管玉に関する関係者からの聴き取り結果
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切子玉、管玉等とは
切子玉、管玉、須恵器に関する一般的な情報は以下のとおりです。ただし、これらは一般的な情報を示したものであり、所在不明になっている品と一致するとは限りませんので、ご留意ください。
区分 | 説明 | 形状 |
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切子玉 | 古墳時代の切子玉は、主に水晶の結晶を胴張りの六角形に磨いたもので、権威を示す首飾りなどの装身具として用いられました。古墳の被葬者への副葬品によくみられます。 |
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管玉 | 古墳時代の管玉は、主に |
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須恵器 | 須恵器は、土器の一種で、古墳時代中期に朝鮮半島から技術が伝わり、平安時代頃まで、あな窯で焼かれた比較的硬い陶器です。古墳時代の須恵器には、 火に弱いため煮沸には用いられず、杯・高坏・器台等は食器や共献用として、壺・提瓶・甕等は貯蔵用に用いられていたものです。 |
用途によりさまざまな形状のものがあります。 |
切子玉・管玉等の例
● 切子玉
古墳時代 |
古墳時代 |
● 管玉
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古墳時代 |
● 須恵器
古墳時代 (写真下部の丸い杯にかぶさっているものが蓋です) |
古墳時代 |
※ 画像はいずれも東京国立博物館(http://www.tnm.jp/)からご提供いただいたものです。