第59回県展 審査評
大賞審査評
第59回県展大賞の審査は、大賞該当なしという意外な結果に終わった。
審査員の投票で最多票を得たのは、洋画部門の小垣内学「作品2007-1の裏」(10票)だった。過半数に達しなかったので、「この作品が大賞に相応しいかどうか」ということで再投票(挙手)をおこなったところ、結果は12票ということでやはり過半数に達せず、本年は大賞該当なしということになったのである。
この結果に終わった一つの理由は、洋画部門の作品がかなり実験的な作風で、「洋画」というイメージになかなかおさまらず、審査員の間に戸惑いがあったのではないかと思われる。逆に大賞が無難な作品にならなかったことは、県展の未来の可能性を示すものとして積極的に評価すべきであろう。全体的に見て、作品の傾向がおとなしいことは否定できない。出品数が横這いであることも含めて、県展の今後のあり方について再検討していくべき時期が来ているのではないだろうか。多くの審査員を納得させるパワフルな作品が登場してくることを心から期待したい。
飯沢 耕太郎(大賞審査主任/写真部門審査主任)
日本画部門審査評
応募出品数が41点と、前回より2割強減ったことについては、今年度に限った偶々の事態なのか、長期的低落傾向が固定化しつつあるのか、はたまた制作と鑑賞の双方にわたり、このジャンルそのものへの関心が薄れつつあるのか、時間をかけて論議を尽くす必要がありますが、審査する立場としては、すべての作品を十分に吟味する機会に恵まれました。
最優秀賞を受賞した中充子さんの「潮風」は数度にわたる審査のなかでも、審査員から常に満票の高い支持を受け続けて、順当な評価を得ました。ショートパンツ、サンダル、バッグなどリゾート用の服装、小物を身につけた3人の女性がなにか談笑している構図の捉え方、空気が流れるような瑞々しい空間の処理の仕方、またテーマの取り上げ方など「同時代的表現」として、私は、おそらく同世代の若い描き手によるものかと思っていましたが、審査後、中さんのご年齢が67歳であり、それでも若者と見まがうばかりの感性を持ち続けておられることには驚かされました。さらに受賞者の平均年齢が65.4歳、それも全員が女性であるとなると、芸術の担い手が今後どのような人たちになるのか、大いに示唆的な現象です。
また市川正子さんの、日々の生活を淡々と送る大切さが伝わってくる「日常」、蒔田恭子さんの、重厚で画面一杯に実りへの喜びが満ちた「燦恵」、など、みずからテーマを見つけ、作品へと仕上げる堅実な姿勢には好感を持ちました。
日本画部門審査主任 篠 雅廣
洋画部門審査評
第1次と第2次の審査を経て、81点が入選作に決まった。そのうちの賞候補13点から、7点の受賞作品を選出した。
今回の出品内容にみる印象としては、従来からの受賞歴を思わせる作品よりも、新しい息吹を感じさせる力作が多かったように思う。
最優秀賞の小垣内学は、しっかりしたコンセプトをもって木片や布の素材を生かしながらモノトーンで構成し、丁寧な仕事のくり返しにより、微妙なゆらぎのハーモニーをかもしだしていて満票の評価を得た。それに大賞候補に選出されながら最終的に該当外になってしまったことも云っておこう。優秀賞(県議会議長賞)の上田慎二は、独特の描写力で「にらみカエル」を表現し、現代のエコサイドを見据えるようなメッセージ性が窺える。一方の優秀賞(教育委員長賞)に選ばれた井上明子は、古典的なイメージで昇華してゆく天女を、色彩の妙で構成して美しい画面になった。
三重県町村会長賞の中尾範子は、地味な色調がかえって泥中の蓮花を予感させる味わいの深い内容になっている。中日新聞社賞の小林桂輔は、キャリアの積み重ねを思わせる真摯な仕事が美しいマチェールを生みだし小気味いい作品になっている。すばらしきみえ賞の奥田孝夫は、里山の豊かな風景をやわらかい色調で表現し、本賞にふさわしい作品として評価された。岡田文化財団賞の石垣佳子は、透明感のある色彩タッチのくりかえしが効果的な平面空間を創出して高い評価を受け、今後の活躍も期待されて本賞に選ばれた。
今回も厳しい眼差しに囲まれての公開審査が行われ、選者一同も身のひきしまる思いで終始した。
評価のポイントは、やはり独自のコンセプトを身につけて全力投球で仕事をしている作品にこそ惹かれるものである、と言っておきたい。
洋画部門審査主任 田島 健次
彫刻部門審査評
彫刻部門は応募点数25点、入選は13点、受賞6点となった。私が審査に当たっての正直な感想は、出品応募規定にある大きさや重量制限の限界にちかい作品が意外に少なかったことだ。このこと自体さほど大事なことではないが、結果として作品が無難な表現に止まることになってしまったのではないか。大きさや量塊が足らず作品が彫刻として観る人と空間に揺さぶりをかけうるまでに至らずに、置物になっては残念だからである。選外となった作品の中には、そういう傾向が見られた。必ずしも「大きいことはいいこと」ではないが、規定の限界に臨む時に作り手に予期せぬ制作上の展開が起こる、といったことをこれから新たに出品する方々にも味わっていただきたい。
その意味からも最優秀賞受賞作「人・反転」は審査中終始、気になる存在であった。今や廃材となった枕木を束ねて、「人」字に支え合うように組んだ重量感は、どこか懐かしさを漂わせながら、見たことのない形で新鮮であった。優秀賞「無心」は廃材の枕木とは反対に生木の木材による巨大な文字による作品である。「無心」という哲学的なイメージを粗削りの角材を絶妙に繋げて、「む・し・ん」と造形化したもの。他の受賞作では六方石の原石の一部だけを磨いた町村会長賞受賞作は、作家が最小限に手を添える中から生ずる強さが示され好感が持てた。またベテランが受賞した中日新聞社賞、自然の恵み賞では、過去の受賞経験から新たな挑戦が見られた。岡田文化財団賞受賞作は21歳の青年の力作で、アカデミックな彫刻の素質を遺憾なく発揮している。こうした状況に私は今後の彫刻部門の広がりが十分期待できると確信する。
彫刻部門審査主任 古川 秀昭
工芸部門審査評
県展に対する私の関心事は応募作品にどれだけその土地固有のものが投影されているか、そして、それが見え隠れする作品を何とか発掘してみたいということです。
今回の工芸部門には111点の応募作品があり、審査員5名による4審が公正に行われ、その結果47点を入選としました。この点数は展示スペースの物理的な条件にもよるもので入選率40%強の厳選となりました。各分野別には陶磁作品に優れた作品が見受けられ、従って受賞作品も集中しました。その内容も器物で伝統的な確かな技法を踏まえた上に新しい独自の創意を加えたものとオブジェ作品との両極が対峙し、今日の工芸分野を象徴する工芸の広がりを感じさせました。 三重県展に相応しい伊賀焼や伊勢型紙の作品は、それぞれの風土ならではのもので、伝統から創造への回路の中での模索が窺われ、今後の更なる展開を大いに期待したいものです。
私達の工芸部門の最も重要課題は、素材を前提として、そこに創り手の造形意思、イメージをどのように素材を通して反映させるかということで、結果的には素材が活かされ、それに創作性が厳然として表出されたものでなければなりません。技術によって素材が抑え込まれ、努力の報われなかった作品がありました。
最優秀賞に選ばれました「櫛目双耳壷」は伊賀の土を使って灰釉による中性炎で焼成された伊賀焼固有の風格を備えた扁壷で、何気なく取り付けられた双耳が形態を引き締め、ボディを縦に力強く櫛しそがれた条痕の効果は素晴らしい。また優秀賞(教育委員長賞)の「練り上げ遊糸文花器」は上記の壺とは対極をなすもので、壺全面に加飾された練り込み文様の割り付け、大きさの変化は絶妙で、創り手の洗練された感性に基づく、繊細優雅な逸品です。一方、壁面作品については、伊勢型紙の他、染織作品もありましたが、やや低調で、その中では「団塊の風」という伊勢型紙屏風が優秀賞(県議会議長賞)として抜群でした。伝統的な伊勢型紙の基盤を踏まえ、新しい技術表現に挑む姿勢は大いに評価したい。他にも伊勢型紙の出品が何点かありましたが、総じて云えることは、リアルな表現を一枚型で目指すよりも、型特有のリピート効果を使ったいい意味での文様化の方向も視野に入れてほしいものです。
「地方の時代」といわれて久しいわけですが、これは地方がもつ底知れぬ潜在能力にある種の期待がこめられた言葉で、ことに工芸分野においては類型的な画一化が進む中で、県展を通じもう一度、風土に培われた固有のものは何かを考え直す機会としていただきたい。
工芸部門審査主任 中井 貞次
写真部門審査評
三重県展の写真部門の審査には何度か来ているのだが、いつもレベルの高い作品が多く楽しみにしている。今回も432点の作品を第4次審査までじっくり見させていただいた。 三重県展の特徴としては、人物あるいはスナップ作品が非常に多いこと、モノクローム作品の比率が高いことがあげられる。今回も上位7作品のうち人物スナップ作品が4点、モノクローム作品が4点という結果に終わった。地域の特性はとても大事なことだが、他のジャンルやカラー作品、デジタル作品などにも積極的にチャレンジしていただきたいと思う。もう一つ感じたのは「うまくまとめた」だけでは、なかなか上位入賞は難しいということである。スナップの場合、特に狙いをはっきりと決めて撮ることが大事になるのだが、それだけでは心を動かす作品にはならない。写真の面白さは意図を越えた偶然が写り込むところにあり、むしろその部分をプラスアルファとして活かしていってほしい。
さて最優秀賞に選ばれた廣田利有さんの「少女」だが、誰もがノスタルジアを感じる素朴な女の子の表情を正面からストレートにとらえた力強い作品だった。仕掛けを凝らさず、素直な表現に徹したところに成功の理由がある。優秀賞(県議会議長賞)の赤塚利夫さんの「空想都市」は、対照的にデジタル処理による都市風景のモンタージュである。技術的にはまだ甘い部分もないわけではないが、新しい領域にチャレンジしようとする若々しい意欲を感じる。ところが赤塚さんは上位入賞者の中では最年長の77歳とのこと。実際の年齢と作品にあらわれ出る若さはまったく別ということだろう。他の入賞者もそれぞれ印象深い作品だった。
ただ、写真部門に限らず、出品者の高齢化が進みつつあるのはやはり問題だと思う。どうすれば若い世代に意欲と関心をもってもらえるのか、真剣に考えなければならない時期が来ているということだろう。県展写真部門のさらなる進化を期待したい。
写真部門審査主任 飯沢 耕太郎
書部門審査評
真似でない自分の書を創り出す努力は、書に志す誰もが生涯取り組みに専念している。まず、古典との出会いで美への深い認識を体得し、何らかの基盤を築くことに始まり、この習練の継続と苦難との克服で、石積みをするように「古典を踏まえた自分の書」が育ち始め、少し遅れて筆法・選文・墨色から構成や筆意の流れへと高次元の力が次第に育つ。
会派の類型化問題も、各人の貌をプラスしてどこかが変り個性の豊かな書作品が望まれる。審査員の眼が輝き、思わず声の出る作品に出くわして、審査会が生気に溢れたときがあったが、まさにこのような作品がねらう姿だと思った。努力した中味は形は変わっていても決して裏切らないことを痛感した、書作でありたいと思った。
漢字作品は甲乙つけ難いハイレベルの作が多く、古典の香り豊かな作品が多かったと思うが、類型化の問題は残るように思う。
仮名は古典の流麗美と構成の確かさが狙い所だが、立体性の乏しさが問題である。
調和体は芸術性の表出の工夫や錬度の乏しさが目立ったように思う。
篆刻は文字の調和、線の切れ、押印の技、筆で書かれた部分などが問題になった。
最優秀賞の西塚さんは、古典の研究の上に、伸びやかさ、気楽さ、明るさが目立つ中、自然の運筆がどの作品より秀でた傑作である。
県議会議長賞の野崎さんは、忠実な古典への追求と思い切った筆捌(さば)きが見事に表われ、錬度の高さと長い努力の跡が窺われる。
教育委員長賞の北川さんは、美を求める執念さえ感じさせる秀作で、力強さが滲み出た、豪快な筆運びが目立った。
岡田文化財団賞の山田さんは、着実な執筆と実直さの溢れた連綿草の努力作で将来が期待される秀作である。
書部門審査主任 種村 山童