第76話  大淀の松にコウノトリ

 日本画の伝統的な画題に、「松に鶴」というものがあります。松と鶴の組み合わせは花札の一月の札をはじめ、いろいろな図案で見ることができますが、その中に、松の枝に鶴が止まっている、というものがしばしばあります。落語「つる」にも、「鶴の雄が『つー』と飛んできて浜辺の松に『る』ととまった」というという一節があるように、鶴が松に止まるというのは割合に近い時代までごく親しまれていたデザインだったようなのですが、実はこれ、二重の意味で間違いがあります。
 まず、松と鶴の関係です。もとは松と鶴といえば、平安時代以来、松喰鶴と言って、松の葉をくちばしにくわえて飛ぶ鶴、というのが縁起物としてもてはやされていました。松の枝ではなく松の葉なのです。

 「めでためでたの若松様よ、枝も栄えて葉も茂る」という俗謡は江戸時代の伊勢音頭にすでにみられるものですが、松は常盤木、つまり葉の落ちない常緑樹である上、海浜など日当たりのよい地に生育し、枝が広がり葉も生い茂るという生態があり、それが、常に若々しく、成長繁栄しつづける、という意味で縁起ものとなったのでしょう。そして鶴もまた「鶴は千年」といわれるおめでたい鳥であることはいうまでもありません。しかしもともとは、鶴が小さな松の「枝」をくわえて飛ぶ、つまり新しい土地に運ぶことがめでたかったようです。そういえば、平安時代の正月には、宮廷で小松引きという、若い松を根引きにして集めて飾る、という儀礼がありました。松は生命力の象徴なのです。
 ところが時代が下ると、松の木と鶴という組み合わせが、特に掛け軸や屏風などの大型の絵の画題として好まれるようになりました。そして松の下に鶴がいる、というのはいいのですが、実は困るのは、松の枝に鶴がとまる、という形なのです。
 鶴の足は平べったくて物をつかめません。つまり松の枝を握れないので、松の木には止まれないのです。

 ではどうして松に鶴がとまるという画像が一般的になったのか、どうやらそれは、ある鳥と鶴を間違えたからではないかと言われています。その鳥とは鴻、つまりコウノトリです。
 コウノトリは小型の鶴くらいの大きさで、くちばしや足が長く、鶴と同じような食性で、一見すると見間違いやすい鳥です。そして木の上に営巣をします(ちなみに国内で唯一夏を過ごして産卵するタンチョウヅルは営巣をしません)。だいたい双眼鏡もない時代に、鶴と鴻を見分けるのはかなり難しいと考えられます。鶴見、鶴岡、鶴舞、鶴橋、舞鶴など鶴の付く地名は全国に数多くありますが、そのいくばくかはコウノトリとの誤認であろうとも考えられます。
 つまり松に鶴とは多くの場合は、松にコウノトリなのです。
 とまあここまで書いてきましたが、書いている私自身、松に鶴なんていう光景は見たことがありません。わが国ではタンチョウヅルは北海道東部を除いて絶滅、マナヅルやナベヅルは冬に九州にわたってくるだけ。そして野生のコウノトリは1971年に捕獲されていなくなってしまった(そののち1986年に飼育個体も絶滅)ので、野生のツルやコウノトリを日常的に見る機会はまず無くなっています。

ところが最近、斎宮にほど近いところに、そのコウノトリが現れたのです。
 このコウノトリは、足環のリングの色で識別したところ、今年5月に福井県で誕生し、9月に放鳥した3羽のうちの2羽ということです。福井県では平成23年度に一つがいのコウノトリを兵庫県のコウノトリの郷公園より借り受けました。その後何度かの産卵はあったのですが、いずれも無精卵で、兵庫県で生まれた有精卵を托卵(卵を抱かせること)させてふ化させ、平成27年度以来放鳥を行ってきました。そして今年、念願の有精卵が産まれ、3羽のヒナがかえって、9月に大空に羽ばたいた、ということです。それから約1か月を経て、2羽のメス「こころちゃん」と「ひかりちゃん」が明和町に飛来したというわけです。
http://www.pref.fukui.lg.jp/doc/shizen/kounotori/hikari-kokoro.html

(写真提供 小林正剛氏) (写真提供 小林正剛氏)
(写真提供 小林正剛氏) (写真提供 小林正剛氏)

 さて、この2羽は、早朝に、明和町大淀にある、本館の友の会事務局長、小林さん宅の屋根にとまっていたそうです。大淀の港は『日本遺産 祈る皇女斎王のみやこ 斎宮』を構成する文化財のひとつです。そして同じく、構成文化財の「カケチカラ発祥の地」でも観察されたことが報告されました。「『日本遺産』の「大淀」と「カケチカラ発祥の地」で観察されたことが報告されました。「大淀」といえば、『伊勢物語』以来「大淀の松」で知られた海岸の松の名所で、現在も「業平松」があることで知られています。明和町の中では、まさに「松に鶴」の名所といえそうです。「カケチカラ発祥の地」はこちらで紹介した通り、伊勢神宮の三つの重要な祭、三節祭に奉納される懸税稲の起源として、マナヅルが不思議な稲をくわえて鳴いていた、とするものです。鶴とコウノトリの混同を踏まえれば、やはり鶴に関りが深いところ、といえるでしょう。
http://www.bunka.pref.mie.lg.jp/saiku/senwa/journal.asp?record=396

 鶴に関わりのある二か所の日本遺産、そこに鶴と見まごうコウノトリが飛来した、というのも何やら因縁話めいています。何はともあれ、楽しい話題を提供してくれた二羽のお客様、今は大淀を離れてはるか東の空を飛んでいるそうです。
 
 なお、コウノトリは純粋な肉食動物なので、稲穂をくわえることはないそうです。一方、マナヅルやタンチョウヅルは雑食性なので、稲穂をくわえることはあるかも、伝説の鳥はどうやら「ツル」科の鳥のようでした。

榎村寛之

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