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第95話 アサマリンドウ


アサマリンドウ(大杉谷のさく葉標本)

アサマリンドウ(大杉谷のさく葉標本)

大杉谷の林下で生育するアサマリンドウ

大杉谷の林下で生育するアサマリンドウ

アサマリンドウ 朝熊山七草の一つ

三重県には「スズカカンアオイ」や「オワセシダ」「イガタツナミ」など地域名が名前に用いられている植物がいくつもある。今回紹介する「アサマリンドウ」も伊勢市の代表的な名所、朝熊山に由来する。1932(昭和7)年に出版された「三重県植物誌」(伊藤武夫著)では、朝熊山七草の一つとして紹介されている。
朝熊山には、蛇紋(じゃもん)岩が多く見られる。蛇紋岩はマグネシウムなど植物の成育に影響する成分が多く、朝熊山はジングウツツジやシマジタムラソウなど、蛇紋岩地域固有の植物の生育地として知られているが、アサマリンドウは蛇紋岩地域固有ではない。
アサマリンドウはリンドウ科に属する多年草で、紀伊半島南部と中国地方、四国、九州に分布する日本の特産種だ。山地の林下に見られ、茎は直立または斜上し、高さは10〜25センチ。葉は2ないし4枚が対生し、卵形または長だ円形で、3本の葉脈が目立つとともに、縁が波打つことが特徴だ。県内では宮川上流の大杉谷や東紀州の谷沿いでしばしば見かける。紹介するさく葉標本も大杉谷産だ。
開花は10〜11月で、茎の先端か上部の葉の脇に数個ずつ咲く。花冠は青紫色で、長さは4〜5センチ。標本のような草丈が10センチ程度では花の大きさが際立つ。
また、アサマリンドウはソハヤキ要素植物の一種とされている。ソハヤキ要素植物とは植物の分布的な特性に従い、地域を区分した植物区系の一つのソハヤキ地域を特徴付ける植物だ。ソハヤキとは、漢字では「襲速紀」と書き、南九州の古名「襲国」(そのくに)のソ、豊予(ほうよ)海峡の旧名「速吸瀬戸」(はやすいのせと)のハヤ、「紀伊」のキをつないだ名称だ。この考えは31年に京都帝大の小泉源一博士が提唱し、ソハヤキ要素植物は、九州山地と四国山地、紀伊山地に特徴的に分布する植物を指す。
なお、現在ではソハヤキ地域は、関東地方の秩父や日光までを分布域に含む地域として理解されている。これらの植物は中央構造線に沿うように分布が見られ、中国南西部や東部ヒマラヤのアジア大陸に起源を持つ植物と指摘されているものも多い。主な種類としては、ヤハズアジサイやクサヤツデなどが挙げられ、紀州地域の植物相を特徴付ける種類となっている。
三重にはソハヤキ要素植物のほか、多雪と深い関係を持つ日本海要素植物、土地の養分が少ない湿地に多い東海丘陵要素植物が見られるなど、地域ごとに特徴的な植物を見ることができる。そして、これらの植物相の違いが要因の一つとなり、多様な三重の風景を生み出している。 

(三重県立博物館 松本功)

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