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第78話 里山のため池にすむカワバタモロコ 


宮川水系で採集されたカワバタモロコの液浸標本(県立博物館所蔵)

宮川水系で採集されたカワバタモロコの液浸標本(県立博物館所蔵)

中勢地方のあるため池で採集されたカワバタモロコ

中勢地方のあるため池で採集されたカワバタモロコ

里山のため池にすむカワバタモロコ 保全の機運が高まる

カワバタモロコはコイ科の純淡水魚類で、静岡県焼津市から九州北西部までの西日本に広く分布する日本の固有種だ。主に河川の中・下流域の農業用水路やため池に生息し、人の暮らしの身近な水域にすんでいる。場所によっては、今でもつくだ煮などに加工しており、かつては重要なたんぱく源であった。
大きいものでも全長6センチで、体はやや長くて平たく、顔は口が斜め上を向いて開き、口ひげは無い。オスは6月〜7月の産卵期になると体が鮮やかな黄金色になって美しい。それに由来し、地域によっては「キンモロコ」「キンジャコ」「キンボテ」と呼ばれる。
メスはオスよりも大型で、産卵は水田などの浅い湿地で1匹のメスを数匹のオスが追尾し、水草などに突っ込んで卵を産む。卵は球形で直径約1ミリ、およそ1日でふ化する。その後は水生小動物や藻類を食べて成長し、1年で成熟する。
水路では寿命が最大約1年で、池では3年以上生きるとされている。本種の生息する場所にはメダカ、モツゴ、タモロコ、ヨシノボリなどがよく一緒に生息している。
カワバタモロコが新和名として記載されたのは1916年で、日本の魚類分類学の創始者、田中茂穂博士が琵琶湖産の標本に基づいてカワバタモロコと命名した。
「カワバタ」の由来は標本の提供者の川端重五郎氏にちなんでいる。さらに田中博士は同年、第2の産地として津市の池で、陸水生物学者の川村多實二博士が本種を観察したと報告している。
写真のカワバタモロコ液浸標本は、三重県立博物館の所蔵資料で51年に宮川水系で採集されたものだ(写真上)。本種は県内では伊賀盆地や伊勢平野の丘陵地のため池に広く分布していた。現在、知られている生息池は10ヶ所ほどで、絶滅の危険性は極めて高く、04年には県希少野生動植物種に指定され、捕獲が禁止されている。絶滅が危惧(きぐ)される理由として、ため池の埋め立てや管理放棄による生息池自体の消失、生息池への肉食性国外外来魚類の侵入があげられる。
県内のいくつかの生息池では本種を保護しようと、県民と行政の共同によって保全活動が行われている。中勢地方のため池では、05年から地元住民が主体となって研究者や行政と共同で、ため池の基盤整備と自然環境の改善、地元自治会の子どもを対象とした夏休みの自然観察会を行っている。最近では、菰野町でも新たに生息池が発見されたことが報道され、保全活動の機運が高まっている。県民の地道な活動は、やがて豊かな環境を作り出す大きな力になるはずだ。かつてのように自然豊かな里山のため池にざわめく生き物たちの姿、そんな光景も人間が意識を変えることで現実になるかもしれない。そうなれば、かつて私たちの先祖が味わった“キンモロコ”が食卓に上がる日も、また夢ではない。                  

(三重県立博物館 北村淳一)

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