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第70話 ヒメタイコウチ


ヒメタイコウチ

ヒメタイコウチ

ヒメタイコウチ 自然環境保護は一体で
 
 三重県北部の平地から丘陵地にかけて湧水(ゆうすい)が染み出す湿地などには、絶滅が危惧(きぐ)されている小さな水生昆虫、ヒメタイコウチが生息している。
 カメムシ目タイコウチ科に属し、体長約20ミリと、よく知られるタイコウチより小さい。尾端の呼吸管は2〜3ミリ程度しかない。体形は長卵形または葉状、光沢のない暗褐色だ。寿命は約2年。幼虫は5月から9月にかけて5回の脱皮を繰り返して成虫になる。後翅(こうし)が萎縮(いしゅく)していて飛ぶことができないため、移動能力が低い。
 湿地や湿原、水田、池畔などの水際に生育する植物の根際や落葉の下をすみかとし、ミズムシ、ヤスデ類、クモ類などを鎌状(かまじょう)の前脚で捕らえ、針のような吻(ふん、口器)を突き刺し、消化液を注入して溶かした組織や体液を吸い取る。
 国内では、香川県を西限、浜松市を東限とする近畿から東海地方で局所的に見られる。
県内では桑名市、東員町、四日市市、鈴鹿市で生育が確認されている。
 近年、ヒメタイコウチの生息地である湿地などでは宅地開発や埋め立て、農業形態の変化などにより環境が急変している。もともと局所的な分布に加え、環境悪化が生息に大きな影響を与えている。このため三重県レッドデータブック2005は、絶滅に瀕(ひん)している「絶滅危惧TB類(EN)」に分類している。写真は県立博物館が所蔵する四日市市垂坂山産の個体だが、ここでは環境が変わり、既に生息が確認できなくなった。 
 以前からヒメタイコウチの生息が確認されていた桑名市では、市内の中学校教諭だった今村功さんの尽力で、85年に市指定天然記念物に指定された。
 今世紀に入り、ヒメタイコウチやホトケドジョウなどの希少生物の生息域となっている同市嘉例川地区で、県営圃場(ほじょう)整備事業が実施された際、希少生物を守るため行政と地元住民が一体となって、湿地生態系保全区域の設定やビオトープ、石組み水路、魚道など生態系に配慮した整備が行われた。
 また、地域住民の積極的な参加により、樹林地の草刈りや湿地植生の移植などの環境整備も行われ、毎年、夏には田んぼの生きもの観察会が開かれ、子どもたちに自然環境の保全の大切さを伝える活動も行っている。
こうした取り組みが評価され、07年には取組みにかかわった県、水土里ネットかれがわ、ヒメタイコウチ・ホトケドジョウ保存会、桑名市が農業農村工学会の環境賞を受けた。さらに多度町、長島町と合併した桑名市は、広くなった市全域でヒメタイコウチの生息調査を進め、指針「ヒメタイコウチ保存管理計画」を策定中だ。策定には保存会や有識者とともに県教委と県立博物館も参画している。
 ヒメタイコウチの保全をきっかけに、行政と地域が一体となって地域の大切な自然環境を守ろうとする桑名市の事例は、今後とも注目すべき取組みだろう。こうした活動に対し、専門性を生かした支援を行うことは、博物館の大切な役割のひとつだ。            

(三重県立博物館  今村隆一)

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