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第30話 トキワマンサク


トキワマンサクの花

トキワマンサクの花

トキワマンサクの標本

トキワマンサクの標本

トキワマンサク 伊勢神宮で国内初発見

 トキワマンサクは高さ3〜6メートルになる常緑小高木で、国内では限られた場所にのみ自生する希少な樹木だ。世界レベルでの分布は日本のほか、台湾、中国中南部、ヒマラヤ東部に見られる。国内では、伊勢市の伊勢神宮宮域林(神宮林)のほか、熊本県荒尾市の小岱山(しょうたいさん)、静岡県湖西市神座(かんざ)の3カ所の生育地が確認されているのみである。
 三重県内唯一の生育地である神宮林は、1931(昭和6年)にトキワマンサクが国内で初めて発見された場所だ。生育地の周辺一帯は、神宮林として管理されているため、開発などの危険にさらされることはないが、個体数は20株以下と少ない。他の生育地でも個体数は多くはなく、日本国内で最も絶滅の危機に瀕(ひん)している植物の一つである。
 今回紹介するトキワマンサクの標本は、1951年に採集されたもので、県立博物館所蔵の矢頭献一植物標本コレクションに含まれる。寄贈者の矢頭先生は、日本の植物学の礎を築かれた牧野富太郎博士の指導を受け、三重大学教授として三重県の植物学の発展と、後進の指導に尽力された。トキワマンサクについても、中国産との比較検討などの論考がある。
 トキワマンサクの名前は、マンサク科の代表種であるマンサクが落葉樹であることに対して、冬にも葉を落とさない常緑樹であることから「常盤」(ときわ)の名前が付けられたとされる。葉は左右対称とならない形状で、葉の基部が左右でややずれている。これはマンサク科の中ではいくつかの種類で見られる特徴だ。
 4月から5月にかけて、黄白色で広線形のやや縮れた4枚の花弁をもつ花が数個まとまって咲き、見る者に独特な印象を与える。花の形状のおもしろさからか、中国産のトキワマンサクは園芸樹木として庭に植えられ、中でも花の色が紅色となるベニバナトキワマンサク(園芸品種)が多く見られる。
 県立博物館の南側には1本のトキワマンサクが植えられており、津偕楽公園へ登る坂の途中からフェンス越しに見ることができる。1953年に県立博物館が開館した時の記録として、敷地内の付設県内産珍奇植物園にトキワマンサクの名前があることから、開館当初に植えられたと推定できる。
 花は公園のサクラが満開となるころに咲き始めるが、サクラの花に囲まれると目立たないため、公園を訪れる多くの花見客には気づかれにくいようだ。
さて、県立博物館の植物標本には90年以上も前に採取された資料もあり、過去の植物分布を知るための重要な資料群となっている。
 資料を収集し保存するのは簡単なことであると思われがちだが、モノは劣化していくことが本来の自然の流れだ。これを止めるためには、莫大(ばくだい)なエネルギーを注ぎ込まなければならない。それは、標本を適正な温室度で管理するなど、貴重な資料を保護しようという情熱である。
 このように、博物館の資料は、先人の情熱の賜物(たまもの)であり、これらを的確に保存し、貴重な記録として活用することは、博物館の責務である。
                

(三重県立博物館 松本功)

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