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第26話 有形文化財・津綟子肩衣


津綟子肩衣

津綟子肩衣

有形文化財・津綟子肩衣 精緻な織物 津藩の名産

 去る2月16日(月)、県文化財保護審議会は県教育委員会に対し15件の文化財を新たに県指定文化財にするよう答申した。その中の一つに県立博物館が所蔵する有形文化財(工芸品)の「津綟子肩衣」(つもじかたぎぬ)がある。今回は、津綟子と呼ばれる特殊な織物でつくられたこの肩衣、つまり武士の公服である裃(かみしも)の上着を紹介したい。
 津綟子は、主に江戸時代から明治時代にかけて、現在の津市安濃町付近の村々で生産された綟子織物の一種である。綟子は、経緯(たてよこ)の糸が直交して織られる一般の布とは異なり、2本の経糸(たていと)が緯糸(よこいと)を挟んでからむように織られるため、織り目に整然とした細かい網目状の隙間(すきま)が生じ、布の向こう側が透けて見える程の織物である。資料の正面から撮影した写真をご覧いただくと、肩衣の前後の布が透けているため、背面中央の白い紋が見え、細かい目の網を2枚重ねた時のような波紋状の影が全体に出ているのが分かる。通気性に優れているので、夏物衣料に適し、肩衣や袴(はかま)、法衣(ほうえ)、蚊帳などに用いられていた。
 江戸時代に津藩領であった安濃町付近の村々で生産された綟子織物は、織り方が精巧で布の織り目がくずれにくく、特に津の綟子織物、「津綟子」と呼ばれ、津藩を代表する名産品として全国にその名が知られていた。当時の百科事典の一つである『和漢三才図会』の「袴肩衣」の項にも、綟肩衣(もじかたぎぬ)の説明に勢州の津から出るもので「津毛知」(つもじ)と名づくと記されている。
 この津綟子の中でも最上級品の生産は藩の厳格な管理下に置かれ、『宗国史』や『文化武鑑』には将軍家への5月定例の献上品と記され、また、諸大名などへの進物品ともされていた。
 このように、江戸時代には全国に名だたる名品であった津綟子ではあるが、現在のところ、県内では、当館の資料と、津市安濃町郷土資料館・四日市市楠町郷土資料館の所蔵品の3例が確認されているだけである。
 当館の資料は、現在の津市高野尾町で江戸時代に津藩の無足人(むそくにん、郷士)を務めていたお宅から昨年3月にご寄贈いただいた江戸時代後期の藍(あい)染めの肩衣である。丈(たけ)86センチ肩幅75センチで、その生地は経糸に繊維の継ぎ目が肉眼では確認できないほど精緻に製糸された苧麻(ちょま)糸を、また、緯糸には麻の風合いを出し生地全体に張りを持たせるため強く精練していない絹糸を用いて織り上げるなど、素材の性質を熟知した技術が駆使されている。縫製も丁寧で、藍の後染めによって全体に均質な藍色を示し、染め抜かれた三つ紋の仕上げも優れている。
 数少ない現存資料のうち、最も保存状態が良く、高い技術でつくられたこの資料は、先に述べた津藩の名産品として幕府等へ献上された上級品を連想させる程の優品であり、江戸時代に津の近郊の村落で営まれていた染織の優れた工芸技術を伝える事例として評価されている。
近年、かつて津綟子が生産されていた地元の方々を中心に、その研究が進められている。地域の貴重な資産を見つめ直すこのような活動に、博物館の収蔵資料が積極的に活用されるよう努めていきたい。               

(三重県立博物館 杉谷政樹)

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