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伊勢内湾曳網(河芸郡白子町ほか)


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 千葉県九十九里浜の地曳網は全国的によく知られているが、伊勢湾内でも地曳網きが多くなされた。『三重県案内』によれば、文化(1804〜1818)年間、白子町(現鈴鹿市)の白子屋藤右衛門がはじめて地曳網を製して漁業を興したのが起原としているが、それ以前とする説もある。いぜれにしても、「三重県の地曳網の最盛期は明治中〜末期で、地先に砂浜の漁場をもつどの漁村にも、必ず1統の大地曳網と3〜5統の小地曳網があった」(『漁の図鑑』)」らしい。また、大地曳網は全長1,000メートルに及び、多いときには300人もの水夫や曳き子が参加したようで、1回の漁獲量が当時1,200円以上になることもあったという。

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