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発見!三重の歴史

 県史編さん事業を進めていく中では、新しい事実の発見など、様々な驚きを抱くことがあります。そうしたことを情報発信するため、平成15年7月より毎日新聞三重版において、毎週水曜日「発見!三重の歴史」を連載いたしました。
 このコーナーは、その原稿をインターネット上で公開するものです。
 当ホームページを通して三重県の理解を一層深めていただき、歴史のおもしろさを知っていただければ幸いに思います。
 なお、公開に当たり写真提供など御協力いただいた方々には、この場を借りてお礼申し上げます。

続発見!三重の歴史(2008年10月20日更新)もご覧ください

見たい時代をクリックしてください

原始・古代    中世    近世    近現代    民俗   

原始・古代

4世紀末   90年ぶりに副葬品全容−錆山前方後方墳 2004/04/27
6世紀前半   はめ込み扉に驚き−久居・上野遺跡の家形埴輪棺 2005/07/27
6世紀末〜7世紀初頭   鳥鈕蓋付台付壺 再考を−「蟹穴古墳出土」根拠なく 2005/01/12
古墳時代   古鏡の出土状況に注目−伊勢では松阪・多気地区に集中 2005/12/28
6世紀〜8世紀   伊勢の土器、各地へ−明和周辺が一大生産地 2004/04/25
698年 文武天皇2 全国有数の伊勢水銀−奈良の大仏鍍金にも貢献 2003/09/03
849年 嘉祥2 郡境をめぐり古代は紛糾も−氾濫繰り返した櫛田川 2003/12/03
869年 貞観1 古代史研究の道標に−「続日本後紀」を編纂した春澄善縄 2003/10/15
1112年 天永3 墨書きから浮かぶ事実−正法寺十一面観音像 2004/05/19
1159年 平治1 朝熊山経塚出土の白銅鑑−亡き夫の往生願い副葬 2004/09/15
古代・中世   陰陽道や修験道の「呪符」も−墨書土器 解釈さまざま 2005/02/23

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中世

1201〜04年 建仁年間 海外で発見、御本尊の手−東大寺の「伊賀別所」新大仏寺 2004/10/13
1249年 宝治3 750年前に由来−お水取りに寄進「一ノ井松明講」 2004/03/10
1322年 元亨2 交易事業で莫大な財−中世の鳥羽 阿久志道妙とその一族 2005/10/19
1364年 貞治3 解析された像内文書−万寿寺の地蔵菩薩坐像 2005/03/09
1494年 明応3 したたかに生きた戦国武将−簡素な構図 北畠政勝像 2004/03/24
1497年 明応6 北畠氏揺るがす兄弟合戦−分家・木造氏との対立絡み 2003/07/30
1492〜1500年 明応1〜9 戦国時代の天変地異−「皇代記」に生々しく残る記述 2004/12/15
室町時代末   伊勢の妻入町屋の町並−伊勢参宮背景に成立か 2004/09/08
戦国時代   伊賀衆 群を抜く強さ−忍者として 傭兵として 2004/10/20
16世紀   文献裏付ける製塩遺跡−地名に名残とどめて 2004/06/30

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近世

1608年 慶長13 伊賀と伊勢の区別、裏付け−高虎が出した21か条の法度 2005/12/14
1616年 元和2 藤堂高虎像をさぐる−細川家と親しく交友 2004/07/14
1624〜43年 寛永年間 厚遇された半蔵の子孫−桑名藩古文書が伝える 2003/11/12
1640年 寛永17 武蔵最後の決闘相手−伊勢の剣豪 雲林院光成 2005/05/25
1640年 寛永17 津藩政史 欠補う重要史料−「永保記事略 附録」の発見 2005/09/21
1645年 正保2 「大坂の陣」の軍功が影響−大名家臣の相続形態 2004/05/12
1647年 正保4 医師に歯痛治療頼む−名張・藤堂長守の書状 2006/01/25
1651年1657年 慶安4明暦3 四代将軍の命令以降絶える−桑名藩でも2件の殉死 2005/08/17
1669年 寛文9 久居藩の成立と津本藩−初代藩主からの文書 2003/08/27
1669年 寛文9 鳥羽城主も一服請う−「世に名高き茶人」杉木普斎 2005/04/13
1669年 寛文9 久居藩 幻の都市計画−「太平の世」目前になぜ 2004/08/11
1672年 寛文12 年貢納入の実態克明に−いなべで発見「皆済状」 2005/01/19
1674年 延宝2 ノミ痕に独自の精神性−諸国遊行で造仏した円空 2003/10/22
1682年 天和2 桑名藩で「在地代官」登用−農村支配固める巧妙な政策 2004/09/29
18世紀前半   比丘尼が説いた老いの坂−熊野観心十界曼荼羅 2004/06/16
1701年 元禄14 17か条の規約で秩序維持−「若者組」の詳細明らかに 2005/03/23
1708年 宝永5 「5年分の帳面を手元に所持」−庄野宿の文書保存 現在と類似 2004/06/09
1707〜17年 宝永7〜享保2 彩色豊か「鳥羽城之絵図」−板倉氏国替の際に製作か 2004/12/08
1716年 享保1 松阪の綱差・牧野家、江戸へ−将軍・吉宗 鷹場制度を復活 2005/11/23
1716〜35年 享保年間 直轄地が次第に−伊賀国の知行地・蔵入地 2005/11/09
1733年 享保18 救世のため断食、絶命−「冨士講」発展の祖 身禄 2005/01/26
1755年 宝暦5 秋田藩に貢献、家紋も許可−羽後鉱山開発した伊多波武助 2005/04/20
1758年 宝暦8 多くの作品 重要な画歴に−画家・曽我蕭白 伊勢に滞在 2005/09/14
1776年 安永5 明治まで残った赤字体質−亀山藩の財政改善策 2004/02/04
1792年 天明2 揺れる藩内赤裸々に−桑名の百姓一揆 藩士が手記 2004/08/18
1787年 天明7 村役人の説得に応じず−米求め押し寄せた農民 2006/01/18
1788年  天明8 幕府の役人迎え地域緊張−失敗回避の秘策「巡見扇」 2004/01/21
1805年 文化2 好物やもてなしぶりも−伊能忠敬測量隊の記録 2005/03/02
1811年 文化8 長田川、重要な役割担う−伊賀経路絵図に著名絵師を登用 2006/01/11
1823年 文政6 大名の転封と村の様相−情報伝達の速さに驚き 2003/07/23
1830年 文政13 「お蔭参り」に施しさまざま−村々への「触れ」にも地域差 2005/06/15
1832年 天保3 武士にもあった給与カット−財政悪化の藩が召し上げるも…一時しのぎ 2003/12/25
1840年 天保11 豊かな暮らし願い−「金のなる木」の図 2004/04/21
1854年 嘉永7 事態終息に1カ月半−「役用日記」から見た安政伊賀地震 2004/03/17
1860年 万延1 津藩主ら多くの人物撮影−日本写真史に残る 堀江鍬次郎 2005/06/01
1862年 文久2 幕末混乱で需要高まる−桑名藩の硝石製造 2004/03/31
1862年 文久2 咸臨丸がやってきた−幕末の志摩国海岸測量 2005/05/11
1863年 文久3 年貢に契約社会の萌芽−徴収高と方法 村の意向反映 2003/09/17
1864年 文久4 10年がかり動機は謎−四日市の小林新田開発 2005/03/30
1865年 慶応1 税体系変化に苦心−四日市港の維持事業 2005/07/13
1867年 慶応3 万古焼を再興 森有節−藩の国産陶器政策にも一役 2004/12/22
1868年 慶応4 亀山藩士もいた赤報隊−世直しへ先鋭化 新政府と対立 2006/02/15
江戸時代中期   庶民の衣服に「花井の紙」−埋もれた史実掘り起こし 2006/02/22

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近現代

1868年 明治1 激動の時代 写し取り−「日本写真界の元祖」田本研造 2004/04/28
1870年 明治3 廻漕会社加入めぐり大湊苦慮−伊勢湾に東京発 初定期蒸気船 2004/06/23
1870年 明治3 いちはやく「村長」登場−駒田信二氏 寄贈の史料から 2005/02/02
1872年 明治5 再編、合併めまぐるしく−明治初期からの行政区域変遷 2003/10/01
1873年 明治6 「詐欺」と誤解、村あげて行動−「徴兵令」めぐる最初の事件 2004/07/21
1873年 明治6 市場価値高い四日市万古−移行期に「志(で)野陶器」の存在 2005/10/05
1873年 明治6 工夫や努力で年々増加−明治期の伊勢芋生産 2005/11/16
1876年 明治9 外交不慣れで苦労の跡−鳥羽湾の英国人所有船事故 2005/08/10
1878年 明治11 品種改良 地域で努力−名高い「島田のビワ」 2005/06/22
1879年 明治12 「日本武尊の陵墓」改定−壮大さ重視 周溝“新造”も 2004/09/01
    近代のアヘン統制克明に−薬用阿片卸売特許薬舗の資料 2005/12/07
1880年 明治13 日本最古級のデパート−参宮客に人気「山田勧工場」 2004/03/03
1881年 明治14 貝殻と藍がとりもつ三重と徳島−桑名の蛤など染色に再利用 2003/07/09
1881年 明治14 ニシン肥料は伊賀地域から−博覧会出品解説書にみる流通 2004/08/04
1883年 明治16 知識取り入れ日々進歩―旧習の打破と近代農業 2003/10/08
1883年 明治16 香り立つ「伊勢茶」の名声−いちはやく海外にも販路 2005/05/18
1884年 明治17 稲葉三右衛門の「夢」未完?−直後に県が築港事業構想 2004/09/22
1886年 明治19 デ・レーケの四日市港修築構想−近代国家建設に功績 2003/07/16
1887年 明治20 新たな活路を求めた業界−地ビール相次ぎ誕生 2003/11/26
1887年 明治20 いち早く使用制限−廉価で大流行の石灰肥料 2005/06/08
1889年 明治22 合併重ね廃棄の危機−旧町村役場の文書 2005/11/02
1892年 明治25 「保勝」の祖 田中善助−「風景守れ」と国会に請願 2004/11/17
1893年 明治26 テングサ求めて海女の出稼ぎ−志摩から北海道利尻・礼文へ 2004/10/06
1898年 明治31 「士族編入と禄高復活を」−「猟師谷」の鉄砲組子孫が要求 2003/11/19
1902年 明治35 海外でも特許取り、供給−小林政太郎の柔軟オブラート 2005/04/06
1905年 明治38 百年前の尾鷲林業―樹皮基準に立木価格・伐採賃金の算出 2005/02/09
1906年 明治39 県内に数多く残存の棟札−神社合祀で1ケ所に集められ 2003/09/10
1906年 明治39 時代に乗りインフラ整備−四郷地区に商工会設立 2004/11/20
1907年 明治40 日露戦後人出空前−関西府県共進会で電飾 2004/02/18
1911年 明治44 海路の重要な役割担う−定期航路「尾鷲・津線」の開設 2005/07/20
1911年 明治44 椎茸よりも安かった松茸−人工栽培も70年前に挑戦 2005/09/28
1912年 明治45 志摩の海藻からヨード−製造工場は一時50カ所 2004/05/26
1916年 大正5 三重県唯一のペスト流行−感染者63人 大半が死亡 2003/07/02
1923年 大正12 名声博すも短命に終わる−農家の副業 食用蛙養殖 2004/04/14
1923年 大正12 銅版画普及に情熱注ぎ−日本洋画商の草分け西田半峰 2004/07/28
1923年 大正12 町村会結成 全国運動に−義務教育費国庫負担 三重から声上げ 2005/11/30
1927年  昭和2 鬼ケ城に熱い思い−日本新八景目指し猛運動 2004/01/14
1933年 昭和8 深刻な生活苦が背景に−明るみに出た悲しい事件 2004/02/11
1937年 昭和12 阿弥陀立像に国宝指定−隠れた存在、思わぬ形で脚光 2003/12/17
1938年 昭和13 「エキストラ800人」一夜で−江戸橋・中川間の狭軌化工事 2005/06/29
1941年 昭和16 偏見を助長「無らい県運動」−「神都」と隔離推進 2005/03/16
1942年 昭和17 大半の寺院が梵鐘供出−銘文 今に戦時伝え 2003/08/13
1944年  昭和19 報道規制された地震被害−NY紙は大きく報道 2003/12/10
1944年  昭和19 「瞬時ニ」浸水「言語ニ絶ス」−東南海地震津波 九鬼村は 2005/02/16
1947年 昭和22 占領下、鍼灸の灯守る−石川博士、GHQを科学的に説得 2004/07/07
    プランゲ文庫に見る検閲−「伊勢暴動はなぜ起こったか」公表禁止 2005/12/21
1950年 昭和25 先人の苦闘今に伝え−「東北伊賀五ケ町村旱害史」 2005/08/03
1949年 昭和24 地方自治への熱い期待−箕曲村の分村と住民投票 2004/01/28
1962年 昭和37 「軽便鉄道」復旧の希望かなわず−安濃鉄道「休止延長願」何度も 2004/06/02

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民俗

1547年 天文16 庚申信仰 江戸期に流行−誕生寺・庚申塔に戦国期の年号 2005/10/12
江戸時代後期〜   多彩な夜泣き封じ−語り継がれる育児習俗 2004/11/03
1797年 寛政9 『伊勢参宮名所図会』の習俗−白子観音寺氏子の信仰 2003/08/06
1851年 嘉永4 子の幸せ願い、真剣に−井島文庫に残る命名資料 2005/04/27
1863年 文久3 村によりさまざま−江戸時代の休日の定め方 2005/07/06
1872年 明治5 地域性見られる七草の囃−昔の正月しのぼう 2004/01/07
    節分行事あれこれ 薄れる「年頭」感覚−風習、呼び名・・・地域で特色 2006/02/01

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