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三重の郵便制度開始


 最近は、電話の発達や普及によって、手紙を出すことも少なくなったようですが、今から、ちょうど120年前の明治4年(1871)3月には、日本に郵便という新制度が始められ、郵便切手も初めて発売されました。そこで、今日は明治時代の三重県内の郵便について、お話してみようと思います。
 郵便制度の開始と言っても、全国一斉に施行されたのではなく、最初の郵便は東京・京都・大阪間の東海道沿いに限っていました。三重県域では、明治4年3月1日に、桑名・四日市・石薬師・庄野・亀山・関・坂ノ下の各宿場に郵便取扱所が置かれ、書状箱を担いだ郵便配達人が往来するようになりました。また、当時の郵便配達人「郵便屋さん」は、歩いて配達するわけで、途中で山賊や山犬などに出会って危険になったときのために刀を差していました。その姿は、「文明開化」の浮世絵等によく見受けられるところです。
 初期の郵便料金は、書状の大きさ・重さによって異なるだけでなく、配達にかかる時間や距離によっても違っていました。例えば、東京より桑名までの郵便は、「各地時間賃金表」という当時の資料によると、時間約27 時間半で、料金は1貫100文でした。この郵便料金は、明治6年4月、全国均一の料金に改められますが、初期には非常に高額な料金だったようです。
 明治5年4月には、三重県域では東海道から別れた伊勢街道・伊賀街道・大和街道沿いの神戸・白子・津・上野・柘植・名張などにも郵便路線が広がり、明治7・8年になると、さらに多くの郵便取扱所が設置され、現在の三重県のほぼ全域に郵便が行きわたりました。
 なお、郵便制度の確立については、明治政府が積極的であり、それぞれの郵便取扱人には、庄屋などその土地の有力者が任命されていましたが、明治八年に郵便取扱所は「郵便局」と改称し、その制度を整備していきます。しかし、それでも、三重県全体の郵便物はまだまだ少なく、明治11年では引受通常郵便物が年間約92万通です。昭和60年(1985)の約1億5千万通と比べると、その後の郵便制度の発達と情報化した社会情勢の変化が強く感じられます。

(平成3年3月 吉村利男)

明治期の引札に描かれた郵便ポスト(樋田清砂氏蔵)

明治期の引札に描かれた郵便ポスト(樋田清砂氏蔵)

引受通常郵便物数 ― 単位・千通 (『県統計書』による)

引受通常郵便物数 ― 単位・千通 (『県統計書』による)

参考文献

『三重県史』別編 統計 平成元年
『三重県史』資料編 近代4(社会・文化)平成3年

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