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第一回県会開催と議員選挙


 県議会は、以前は県会と言われていましたが、この県会がはじまったのは明治12年(1979)のことです。第1回の通常県会は、この年の4月30日から6月10日までの42日間、他に適当な場所がなかったために、津の寺町にあった願王寺(がんのうじ)というお寺で開催されました。はじめての県会ということもあって、傍聴人が多数おしかけ、当時の伊勢新聞には「傍聴満員」と、ほとんど連日記載されています。
 この時に審議された主なものは、傍聴に関すること、予算に関することなどでしたが、県から提出された予算案約34万円のうち、流行病予防費として計上した 300円が、コレラの流行等もあって、一挙に 2,500円プラスされて 2,800円になっているのが目をひきます。このコレラ騒ぎは全国的なもので 8 月の臨時県会でも予防費として約11,000円を決議したほどでした。
 ところで、この県会の議員についてですが、県会が開かれる前の3月に、各郡で行われた投票によって50名が選ばれました。
 この時の選挙は、今とはかなり違っており、選挙権のある人、すなわち投票できる人は満25歳以上の男子のうちで地租を5円以上納めている者に限られていました。当時、それに該当する人は全人口の7%程度だったと言われていますので、ほんの一握りの男子ということになります。
 ちなみに、被選挙権は満25歳以上の男子で地租10円を納める者となっていましたから、いっそう厳しいものでした。
 また、当時の県会議員選挙は、現在のように自由に立候補するというものではなく、だいたいは有力者の話し合いによって決まってしまうケースが多く、選ばれた方も名誉職と心得ていたようです。
 特に開設当時の議員には、選挙民に強制されてやむをえず承諾した人が多く、任期中に「病気」とか「隠居」とかの理由でやめていく人が多かったことは、時代の違いをつくづく感じさせられますね。

(昭和61年5月 松浦 栄)

最初の県会が開かれた寒松院願王寺(『目で見る三重県の百年』より)

最初の県会が開かれた寒松院願王寺(『目で見る三重県の百年』より)

参考文献

『三重県会史』第一巻 昭和17年
『三重県史』資料編 近代1(政治・行政I) 昭和62年

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