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人気の高かった「伊勢暦」


 昔から暦は各地方で作られていましたが、全国的に有名になった暦に「伊勢暦(いせごよみ)」があります。
 鎌倉時代頃から「伊勢御師」と呼ばれる人たちの活躍により、伊勢信仰は庶民にまで広がることになりました。この御師が神宮で御札をいただき、全国各地の檀家へ配布する時、伊勢の土産物として伊勢暦も配布したそうです。 このようにして、伊勢暦が神宮の御札とともに全国津々浦々に広がって有名となったわけです。
 当時の人たちは、暦を手にするまでは、一年の日数も月の大小配列もわからなく、暦はとても貴重な存在でした。伊勢暦は日常生活に密着し、八十八夜、二百十日などはもちろん記されており、神宮の暦であるという信仰と信頼に裏付けされ、御師達によって確実に配布されたため、人気が高かったように思われます。
 伊勢暦は、中世に水銀の産地である多気郡丹生において、伊勢の国司北畠氏が京都の土御門家の暦案を申し受けたものを、江戸時代に入り、神宮祭主藤波家が入手して宇治・山田の暦陰陽師が製造したのが始まりだそうです。
 伊勢暦は土産物という性格上、配られる檀家の家格や初穂料の多少によって、一枚刷の略暦から極上の暦までと多種多様であり、その種類の多いことが一つの特色となっています。
 しかし、伊勢暦は明治新政府による諸政策の一新の波を受け、明治4年( 1871) に御師の制度が廃止されたため、暦の配布も打切りとなりました。
 再び姿を現したのは明治16年になってからのことで、現在では「神宮暦」として毎年発行されています。

(昭和63年12月 東海あゆみ)

各年の伊勢歴・表紙(樋田清砂蔵)

各年の伊勢歴・表紙(樋田清砂蔵)

文化13年(1816)の伊勢歴<部分>

文化13年(1816)の伊勢歴<部分>

参考文献

桜井祐吉「伊勢暦」『三重の古文化』39 昭和30年

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