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73 現県庁舎の建設過程


Q 現在の県庁も狭隘となり、県庁の新築を検討する必要がありますが、参考とするため、昭和三十九年に建築され現県庁舎の建設過程のわかる資料はないですか。どのくらい前から検討していたのでしょうか。竣工までの経緯を教えてください。

(平成七年九月 県内行政機関)
A 昭和三十九年四月二十日、約一、一〇〇人の出席者のもと現県庁舎の落成式が大講堂で開催されました。津市広明町十三番地に地上八階及び地下一階の事務棟をはじめ議場棟・厚生棟・車庫棟など、総建坪約八、四〇〇平方メートル、延床面積約三一、七七七平方メートルの県庁舎が完成したのです。
 落成までの経緯について、県史編さん室で複写収集した関係資料によって概観してみましょう。
 まず、明治十二年(一八七九)建築の旧県庁舎は「歳月の経過と共に老朽化甚だしく、加えて職員の増加に伴って……収容能力に対し一二〇%の……現況で、あらゆる面から新築の要に迫られている」とし、昭和二十八年度から三ケ年計画で庁舎新築に着工する計画が立てられました。しかし、二十八年九月に伊勢湾沿岸を襲った台風十三号の被害が甚大であったために、計画が挫折したようです(『三重県庁舎建設計画』)。
 その後、再び庁舎新築の動きが出るのは三十二年のことで、県庁舎建設準備委員会を設置し建築計画の再検討が始まりました。早速、七月には「三重県庁舎建設基金積立条例」が議決され、県議会にも県庁舎建設特別委員会が設置されました。準備委員会では、各課ごとの必要坪数をはじめ、「現在地(旧県庁舎の場所)案」と「丸之内案」に区分して所要経費・交通機関の距離及び連絡方法・環境の良否・敷地の広狭等の比較やボーリング調査など、種々検討が繰り返されました。また、建設費の財源確保も重要で、県有財産処分・県有林売却・起債・国庫補助金のほか、寄附金なども見込みました。
 そして、三十六年には概略の計画がまとまり、新庁舎の建設場所は津市広明町(通称吉田山)と決定されました。工事は測量から始まり、十一月には敷地造成工事に着手し、一方で県庁舎の設計も進められ、翌年八月には起工式を行い、いよいよ建築工事が開始されたのです。その後、電気・電話・給排水設備工事や跨線橋工事・造園工事なども順次発注され、県庁舎竣工式の後にもブラインドの新設工事や県庁舎取付道路工事などが行われ、すべてが完了したのは三十九年末でした。なお、周辺の工事を含めた総経費は、およそ一六億円になったようです。

参考文献

『三重県庁舎建設計画』県庁舎建設準備委員会 昭和三十四年

建設中の県庁舎

建設中の県庁舎

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