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51 旧県庁舎の建築と井関石使用


Q 一志町の特産品である井関石(砂岩)は、加工がしやすく、民家の土台石や風呂場などによく使われていますが、愛知県犬山市の博物館明治村にある旧三重県庁舎の玄関にも使用されているということですが、その実態はどうだったのでしょう。県庁舎の建築とともに、その状況を聞かせてください。

(平成七年九月 県内行政機関)
A 明治九年(一八七六)四月十八日、三重県と度会県が合併し、新しい三重県が誕生しました。現在の「県民の日」は、この合併を記念して四月十八日となっているのですが、県庁舎は明治十二年十二月に安濃郡下部田村地内(現在の県庁前公園)に完成しました。
 県庁舎の構造は、当初愛知県庁と同じような中庭のある回字形平面の二階建てが計画されていましたが、実際の工事では前面にベランダを持つE字形平面の正面玄関を軸に左右対称の二階建てに変更されました。当時の内務省庁舎を模したもので、設計者は三重県庁第三課土木掛の清水義八らが当たり、工事は名古屋の棟梁伊藤平右衛門(のち平左衛門)らが請け負いました。
 県史編さん室には当時の『県庁新築仕様書綴』や『県庁新築補足精算金渡回議綴』等の資料が残っており、県庁舎建築の詳細を知ることができます。総建坪約六一六坪、総工費二九,七二二円で、本庁舎は延坪五三三坪で建築費一四,九〇〇円、坪当たり約二八円で、「府県庁舎一切新営標準例」の基準を上回る凝った建物であったわけです。
 お尋ねの井関石については、玄関入口に使用しています。礎石・角柱・櫛形アーチまで井関石を組み庁舎の正面を飾っています。高さ三五・七cmの礎石の上に幅二七cm・高さ一九・四cmの角石を十一段積み上げ、双方から八個の石材を持ち送りアーチを築いています。『回議綴』では、「外面井関石──几帳面取磨上ケ櫛形共積ミ上ケ」とあり、ていねいに磨き、凝った建物の一面を示していますが、建物の顔というべき正面玄関に井関石を使用すること自体、井関石がかなり優良な石材で、装飾にふさわしかったからなのでしょう。
 また、「御県庁新築御門内外井関石出来方 延長百八拾三間四歩七厘 但シ壱間ニ付五十銭也」という精算書があり、門の内外にも井関石が使用されたこともわかります。
 こうした旧三重県庁舎も、建築から八十五年経った昭和三十九年に新県庁舎ができたため、解体となりましたが、四十一年に博物館明治村へ移築復原され、さらに、四十三年には重要文化財の指定を受け保存が図られています。

参考文献

『明治村建造物移築工事報告書 第六集 三重県庁舎(重要文化財 旧三重県庁舎)』博物館明治村 平成二年
「郷土史ガイド43 旧県庁を飾った井関石」『広報いちし』No.四〇〇 平成七年

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