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49 初期の県庁舎と所在場所


Q 現在の県庁舎は津市広明町一三番地の通称吉田山にありますが、昭和三十九年ここに移転するまではどこにあったのですか。明治四年の廃藩置県以降の県庁舎所在場所について、簡単に説明してください。

(平成九年七月 県行政機関)
A 現県庁舎の前は、近鉄・JR線を隔てた現在の県庁前公園(津市栄町一丁目)に県庁がありました。昭和三十九年まで建っていたわけですから、記憶しておられる方も多いと思います。また、旧県庁舎は明治十二年(一八七九)建築の擬洋風建築で、愛知県犬山市の博物館明治村に移築復原され、全国でも有数の明治建築として重要文化財にもなっているので、よく御存知でしょう。
 しかし、明治十二年以前の県庁舎については、仮の建物を利用していたこともあって、あまり知られていません。そこで、明治四年の第二次廃藩置県以降の県庁舎について、見てみることにします。
 四年十一月二十二日、第二次廃藩置県が行われ、現三重県域の北半分が安濃津県、南半分が度会県とされました。このときの県庁舎については、『三重県史料』によれば、安濃津県が「旧本陣(大門町平民進伴左衛門宅)ヲ以テ仮庁トナシ五年正月三日旧客屋(大門町ニアリ津県ノ来賓ヲ待スル館舎)ニ転ス」、度会県が「旧度会県庁ヲ以テ新県庁トス」とあり、安濃津県の庁舎は大門の旧本陣や旧客屋が当てられたようです。また、度会県は「旧度会県庁」を使いましたが、「旧度会県」とは二年七月に度会府から改称されて県となった、言わば廃藩置県前の県です。南勢を中心に北勢にも分散する神領・旧幕府直轄領や没収された旧桑名藩領からなり、第二次廃置県で成立した度会県とは全く別のものです。この旧度会県の庁舎は、三年六月に山田岩淵町に新築されたもので、県史編さん室に建物配置図が残されています。
 安濃津県は、五年三月三重郡の四日市に県庁を移転し、県名も郡名によって三重県と改称しました。県庁舎には「四日市旧陣屋(旧幕府信楽代官所管、明治二年以来度会県ノ支庁)」が当てられました。現在の中部西小学校の場所です。しかし、この旧陣屋も元来狭く、また度会県との合併の話もあって、翌六年十二月には再び津に県庁が戻ります。このときは県名を変更せず、三重県のままで今に至っているわけですが、県庁舎には旧津城内の旧津藩学校有造館が使用されました。当時、有造館跡には小学校が既に開校しており、師範有造学校も設置される計画でした。狭隘に加えて共用の不便さもあり、県では庁舎の移転を考えました。九年の度会県との合併を経て、十年には「市街地ニハ可然場所無之、不得止市街続」きの安濃郡下部田村に県庁新築地を求めたのです(『公文録』)。現在の県庁前公園です。

参考文献

『三重県史』資料編(近代1) 昭和六十二年
『明治村建造物移築工事報告書 第六集 三重県庁舎(重要文化財 旧三重県庁舎)』博物館明治村 平成二年

旧度会県庁舎

旧度会県庁舎

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