ホームへ
北勢地域

伊賀地域

中勢地域

伊勢志摩地域

東紀州地域

ジャンルで選ぶ
鳥羽市 てんのうさいがはじまったころのこと
天王祭がはじまったころのこと
鳥羽の離島のひとつ、坂手島では毎年六月、
天王祭で五色の紙をつけた棒を持って踊る棒練りとほこら踊りが行われます。
このお話は、祭りの由来となった伝説です。

お話を聞く

 今から三百三十年あまり前の、寛文(かんぶん)十一年からつぎの年にかけてのことや。
坂手で、えらいはやり病があってな。村中のほとんどの者がこの病にかかって、三十人ばかりがつぎつぎに死んでしもた。いろいろ手をつくしたけど、ますます病人がふえて、みな今日死ぬか明日死ぬかと、ただぼうぜんとしていたんや。
 そんなとき、どこからか大きな赤猫(あかねこ)が一匹やってきてな。病人が寝(ね)ている家の屋根で
ニャア
と一声鳴くと、その家の病人はすぐ死んでしもた。
村の者は、赤猫が家に近づかんように、昼も夜も番をしたんやけど、ちょっと油断をすると、赤猫はすぐに屋根に登った。
「化け猫(ねこ)や、化け猫や。あの赤猫は化け猫や」
しまいには赤猫を見ると、みな逃(に)げ出してしまうようになった。
 それでも、まだ元気な者は、あっちやこっちに網(あみ)を張(は)ったり、村なかもやぶも山も、竹やりをつくって退治しようとしたんやけど、なんせ相手が化け猫やから、とてもとても手に負えん。どうすることもできんで、ただ死ぬのを待っとるだけやった。
用語説明
寛文(かんぶん)十一年
1671年(江戸時代)

坂手
鳥羽市坂手町



 そんなとき、あるうわさが広がってな。
そのうわさと言うんは、せんだって、坂手前のセンガ島へのしゃげた船があってな、船は破れ、積み荷は海へ投げ出されたもんで、坂手の人らは、乗っとった者を助けたり、積み荷をひろたりして、船も浜へ引き上げて直したったんや。
何日かして船が直ったもんで、坂手を出ていくとき、船頭さんが庄屋(しょうや)さんに言うた。
「荷物(にもつ)が一つ足りん。ある国の殿様(とのさま)からあずかった荷物で、それがないとわしは死んでおわびをせんならん。お願いやからさがしてくださらんか」
庄屋さんは、村中にふれを出してさがしたけど、その荷物は出てきやへんだ。船頭さんは、しかたのう船を出したんやが、坂手を離(はな)れるとき、かいわがっとった猫に、
「わしは、江戸(えど)へ着いたらおわびに切腹(せっぷく)して死ぬから、お前はかたきをうってくれ」
と言うて浜(はま)へはなしたんが、あの憎たらしい赤猫やと言うのや。
 このうわさが広まったもんで、
「だれがかくしたんやろ」
「海へしずんだんとちがうやろか」
と、みな口々に言うたけど、そのころにはもう、あの赤猫の目がえろう光りだしてな。にらまれただけでも死んでく者が出てきたりしてな。みな、家の中でとじこもって、神さんや仏さんを拝(おが)むだけになってしもた。
 
坂手前
坂手島の前

のしゃげた
のし上げた


坂手
坂手島のこと



   
 そんなとき、四十五、六のお坊(ぼう)さんが一人坂手へやって来てな。
村のありさまを見て、
「このはやり病を治めるには、尾張国(おわりのくに)の津島神社(つしまじんじゃ)のご神体(しんたい)をお受けして、社(やしろ)を建ててお祀りをし、ほこら踊(おど)りをせねばいかん」
と言うた。そやもんで、さっそく、まだちょっとでも元気な者を選んで、津島さんへお参りにやった。その間に社を建てて、お参りに行った者の帰りを待っとった。やっと、お参りに行った者の乗った船が見えてくると、村中の動ける男という男はみな、おまじないの五色の紙をつけた棒(ぼう)を持って浜へ出て、ご神体をお迎えした。そして、行列をつくり、若(わか)い衆(しゅう)の一人が太鼓(たいこ)をたたき、もう一人が習いたての音頭(おんど)をとり他の若い衆二人がその棒を車のように回して社へ向こた。これを今は棒練(ぼうね)りと言うんや。
  このしゅくに いどほれば
  水は出もせで 金が出て
  かねくもよよさ かねくもよよさ
  白かねつるべで かねくも かねくも
若い衆は声をかぎりに音頭をとり、
 どおん、どおん
と太鼓もひびきわたった。
 音頭が終わるころには社に着き、いちばん奥へご神体をおさめ、七種(なないろ)のお供(そな)え物をならべ、
「どうか、はやり病を治してたもれ」
と拝んで、子どもらのうち元気な者が、習(なろ)たばかりのほこら踊りをおどってな。津島さんのご神体の長旅をおなぐさめしたんや。
 するとどうやな、不思議なことに、ほんとに不思議なことに、その日からまものう、あの赤猫はどこいやら行ってしもて、病にかかっとる者も見る見るようなって、しばらくすると、もとどおりの静かな坂手の村にもどったんや。
 それからというもの、毎年毎年、三百三十年あまりもずうっと、六月の十四日には七種の供え物をし、棒練りとほこら踊りをつづけとるんや。これが坂手の天王祭のはじまりや。
 
七種のお供え物
なすび、からもも、すもも、せん米、みる、あま酒、ゆずりはもち



読み手:村山 眸さん