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鵜殿村 おれはほりごのまごじゃ
おれは堀河の孫じゃ
鵜殿村では、昔から子どもたちが泳ぐときに「おれは堀河の孫じゃ」と
叫んで飛び込むと川でおぼれることがないのだとか。
それにはこんなわけがあるのです。

お話を聞く

 梅雨(つゆ)がもうすぐ明けるころのことや。子どもらは、待ちに待った水遊びの季節がやって来るんで、わくわくと胸(むね)をふくらませとった。
 そんなあるとき、河原(かわら)の畑からキュウリがよう盗(ぬす)まれるようになってのう、村人たちは、あまりに盗まれるので野荒(のあら)しを捕(つか)まえようと、二、三人ずつ交代で夜番をすることになってな、最初の晩、当番になった二人の男が星をながめながら物かげにひそんどったら、畑の方で何やらひっぱるけはいがしてな、息を殺してよう聞くと、つるをひっぱる音じゃ。番をしとった男らは顔を見合わせ、
「それっ」
とばかりに、音のする方へかけ出したんや。
 すると、暗闇(くらやみ)の中、水辺(みずべ)でバシャバシャという音がしたけど、それもすぐに消え、もとの静けさにもどったそうな。
 男らは、用意してきたたいまつに火をつけ、砂地(すなち)のところを見ると、水かきのついた足跡(あしあと)が残っとった。二人は、
「これはガラボシやぞ」
「どうしたらええやろか」
などと相談してな。けっきょく、堀河(ほりご)のだんなに頼(たの)むことにしたんじゃ。
 堀河のだんなは、十二反帆(じゅうにたんぽ)の船頭で、度胸(どきょう)も力もあり、それに他人(ひと)が困(こま)っているのを放(ほう)っておけない性分(しょうぶん)で、村人たちにとても頼(たよ)りにされとった。
 翌朝(よくあさ)、二人が堀河のだんなに話をすると、
「よし、おれにまかせとけ。きっと退治(たいじ)したろう。おれにもかわいい孫があるさかのー」
と、こころよう引き受けてくれたんじゃと。
用語説明
ガラボシ
カッパ

十二反帆
12着分の着物がつくれるほど大きな帆の船。



 日が暮(く)れて、だんなが一人で畑に潜(ひそ)んだーたら、何やら物音が聞こえてきた。
「いよいよガラボシのお出ましじゃわい」
とだんなは棒(ぼう)をもって、川岸で待ちぶせてな、物音のした方へ石を投げこ込んだんじゃ。
 ピタッと音はやんだ。だんなが耳を澄(す)ますと、何やら足音を忍(しの)ばせてこちらへ近づいてくるけはいがする。
 だんなはころあいをはかって、手にした棒を打ちおろしたんじゃ。確かな手ごたえがあってのう、何やらかたい感じのものやった。ちょうど月明かりがさし込んで、わずかに明るくなったんでよう見るとの、今まで見たこともない子どもほどの生き物が横たわっとる。
「ははーん。これがガラボシか」
 生き物の頭には皿(さら)があり、口はとがっとって、手にも足にも水かきがついたーる。それに、全身を青黒い毛でおおわれ、背中には甲羅(こうら)もついたーる。話に聞いたーたガラボシといっしょじゃわい、と思いながら、だんながしげしげと見ていると、ガラボシがゆっくりと目を開きよった。そして、
「これはこれは、だんな。申し訳ないことをしました。私(わたし)は昼間、水の中からだんなの仕事ぶりを見て、りっぱな船頭さんだと思っとりました。私はふだん、新宮(しんぐう)城の船着(ふなつ)き場の水の手に住んどりますが、近ごろ魚が少のうなって、小さい子どもも腹(はら)をすかしとるもんだから、ついついここまで来てしまいました。これからは子どもを引っ張りこんだり、畑のものを盗(ぬす)んだりしませんから、どうかお許しください」
と、涙(なみだ)ながらに必死になってあやまったんやと。

 



   
 そのようすに、だんなはかわいそうになって、
「よし、おれとそう約束するなら、今晩(こんばん)のところは許したろう。小さい子どもがおるというんなら、これからはキュウリの初なりはお前たちにやろう。村の衆(しゅう)にも約束させるさかい、子どもを引っ張り込んだり、畑のものを盗んだりしてはならんぞ。もし、そんなことをしたら、おれはお前をさがし出して、その頭の皿をたたき割るからな」
「はい、だんなとの約束はけっして忘(わす)れません」
 許されたガラボシは、後を振り返りながら、川の中へ入っていったそうな。
 だんなは帰ると、村の衆にこのことを話して、
「キュウリの初なりは、ガラボシのために川へ流したってくれ。そしたら、子どもが引っ張り込まれることもなくなるさかい」
と頼んだんやて。
 それからは、鵜殿(うどの)で子どものいる家では、初なりのキュウリを川へ流すようになったそうな。そして、子どもたちが川で泳ぐときには、
「おれは堀河の孫じゃ」
と口ぐちに大声で叫(さけ)んで飛び込むようになり、川でおぼれることもなくなったんやと。
 
鵜殿村
和歌山県新宮市に接(せっ)する三重県最南端(さいなんたん)の村。



読み手:坂本 浩子さん


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