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名張市 せんがりのた
せんがりの田
今は、ダムでできたひなち湖の底になってしまいましたが、
昔は、「せんがりの田」と呼ばれた田んぼでした。
「せんがり」という名前には、こんなお話が伝えられています。

お話を聞く

 長瀬(ながせ)村の人々はむかし、長者(ちょうじゃ)ともども仲がようて、毎日田畑に出て仕事に励(はげ)んでおった。
 それは、ある年のいちばん暑(あつ)い夏の日のことやったそうな。いつものように村の衆(しゅう)が仕事に出てみると、驚(おどろ)いたことに、田んぼの水がすっかり干上がっていた。ひどいひび割れができて、とても米はできそうにないほどじゃった。
「こりゃあ、どえらいこっちゃ。何事が起きたんじゃろう」
 村の衆はもうびっくり。どうすればよいものかと、長者どんのところへ知らせに走った。
「長者さま、長者さま。えらいことが…。田んぼがカラカラになってしもうた」
「それは困ったもんじゃ。どうすればええんかのう」
 長者さまはみんなの顔を見わたし、腕組みをして考えたそうな。
「田んぼの水が干上(ひあ)がってしもうては米がとれへん。みなの衆、何かよい策(さく)はないものかのう。このままでは年貢(ねんぐ)もおさめられやんし、これからのわしらの飯もくえやんで」
用語説明
長瀬村
名張市長瀬。

長者
身分の高い人。



 村中が集まって考えこんでおった時のことじゃった。どこからともなく、一匹(いっぴき)の年老いたサルが長者さまの前に、ひょこんと座りこんで、
「どうしたんじゃ。こんなにぎょうさん集まって、何やら心配ごとのようじゃが。ひとつこの老いぼれにはなしてみんかい。力になれるかもしれへん」
と、自信たっぷりに言いおった。長者さまは天にもすがる気持ちで、
「じつはなあ、サルどんや、田んぼがごらんの通りじゃ。どうにかならんかのう」
「なんじゃあ、そんなたやすいことか。よっしゃ、このわしに任(まか)せておけ」
 サルは、ポンと胸(むね)をたたいてまたどこかへ去っていったそうな。
 そしてあくる日の朝、あまりあてにもしとらんかったが、長者さまが田んぼに来てみると、あるわ、あるわ。田んぼに水がたっぷり。そりゃあもう長者さまはびっくりぎょうてん。うれしくておどらんばかりに手を打った。そこへ昨日の老いぼれザルがひょっこり現れて、うれしそうにその様子を見ておった。
「どやな長者どん、水はちゃあんと入れてやったで」
と、得意げに鼻(はな)をピクンと動かしたそうな。
「それにしても、いったいどないして水を入れたんや」
 長者さまは不思議がるばかり。
   



   
 老いぼれザルが言うには、仲間のサルを千匹(せんびき)集めて、田んぼの下にある川の中にからだをつけては、田んぼの中でブルブルッと身ぶるいし、それを何回もくり返して、一晩(ひとばん)のうちに田んぼを水でいっぱいにしたそうな。長者さまは、サルに何度も何度も頭を下げて礼を言った。
 それからというもの、この田んぼのことを「せんがりの田」と呼ぶようになったそうな。それは、サルを千匹借りたので「せんがりの田」となったんじゃ。
 そこは、名張(なばり)から長瀬へ行く途中(とちゅう)にあって、田んぼから広い茶畑に変わっても「せんがり」という地名は残っておったが、今では川下にダムができ、水の底になってしもうたんじゃ。ちょうど赤岩大橋(あかいわおおはし)のすこし上流あたりがそこなんや。
 
ダム湖と赤岩大橋



読み手:石原 弘子さん