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伊賀町 じゃいけのはなし
蛇池の話
霊山のふもとには、田畑をうるおす大きな池があります。
その池は大蛇が住むことから蛇池と呼ばれていました。
これは、ふとしたことから大蛇の嫁になった娘のお話です。

お話を聞く

 霊山(れいざん)の南西のふもとに大きな池があるやろ。愛田(あいた)や川東(かわひがし)の田をうるおすこの池は、蛇池(じゃいけ)といって、むかし大蛇(だいじゃ)が棲(す)んでたんやして。大蛇はときおり美しい若者の姿(すがた)となり、村の乙女(おとめ)らのもとに通っては嫁(よめ)を探してな。中には大蛇に魅(み)せられて、池に身を投げる娘(むすめ)もいたそうや。
 そのころ、川東の村には大藪(おおやぶ)さんと呼ばれる名家があってな。本当は沢(さわ)という姓(せい)なんやけど、家の周りが竹やぶに囲まれてたんで、村の者はみな、大藪さんと呼んでたんやして。
 あるとき、柘植(つげ)の金持ちの家へ嫁に行ったこの家の娘が里帰りしてな、実家でおはぎをお土産にもろて、お供(とも)の少女といっしょに嫁(とつ)ぎ先へ歩いて戻(もど)る途中(とちゅう)、蛇池のそばを通りかかったんやして。
 うららかなええ日よりでな。池の景色がええもんで、娘は少女といっしょに池の堤(つつみ)に腰(こし)をおろして一休みしたそうや。そんで池をながめながらおはぎを食べたんやして。
用語説明
霊山
伊賀町東部にそびえる山。標高765.8メートル。

愛田、川東
伊賀町愛田、川東。

蛇池
蛇喰池(へびくいいけ)とも言う。


やして
だって

拓植
伊賀町拓殖



「ああ、おいし。でも、のどかわいたなあ」
と娘が言うと、少女は、
「ちょっと待っててくださいな。いま水をもらってきますから」
と、近くの家に走っていったんやて。
 ところがや。少女が息をきらせて戻ってくると、娘がいやへん。堤は見晴らしがええもんでずっと遠くまで見わたせたけど、娘の姿は影(かげ)かたちもなかったんや。腰をおろしていたところをよう見ると、娘のはき物だけが池に向(む)かって揃(そろ)えて脱(ぬ)いであってな、
「しもたっ」 
 少女は大蛇の伝説を思い出してな、はき物を手に持ったまま池に向かって大声で、
「もう一度姿を見せてくだされ!」
と叫(さけ)んだんやして。
   



   
 すると池の水面にザワザワと波が立ち、その真ん中から娘が姿をあらわしたんやげな。そやけど恐(おそ)ろしいことに、娘は頭に十二本の角(つの)を生やし、体は蛇(へび)の姿に変わっていたんやと。
 少女は腰をぬかしてしもたんやけど、やっとのことで立ち上がると、来た道をいちもくさんに引き返し、娘が大蛇になったことを実家の両親に伝えたんやして。
 両親が池にかけつけたときは、もう夜になっとった。月明かりがさえざえと池の水面を照らしとってな。その池に向こうて、両親が娘の名を呼ぶと、また水面が波立ち、大蛇になった娘があらわれたんじゃ。そして、
「わたしは大蛇の嫁になりました。ご心配をおかけして申(もう)し訳(わけ)ありませんが、いまは幸せだと思っております。これからはこの池を守っていかねばなりませんので、一日も早くわたしのことをお忘(わす)れください」
 と言うと、再び水の中に姿を消したそうな。両親と少女は、静まり返った水面をいつまでもながめとったそうな。
 蛇池の中ほどに、石垣(いしがき)を積んで松が植えられてるんやけど、その下に弁天(べんてん)さまが祀(まつ)られとってな。この弁天さまは、大蛇に嫁いだ娘を祀っているんやして。
 
やげな
だよ

弁天
音楽や富などをつかさどる女神(めがみ)。



読み手:余野 共子さん