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東員町 かおなしじぞう
顔なし地蔵
今も地域の人たちが大切にお祀りする「顔なし地蔵」。
昔はこのお地蔵さんにも目鼻があったのですが……
これは、とてもやさしいお地蔵さんのお話です。

お話を聞く

 それはの、六把野(ろっぱの)の田んぼがだんだん開けてきたむかしのことや。田んぼのわきに小さなお地蔵(じぞう)さまが立っていなさった。お地蔵さまは子どもらが大好きやった。
  いちもんめの いーすけさん
  いちのじが きらいで  いちまん いっせん いっとこく
  いっといっと いっとまいで
  にもんめに わたした
 今日も子どもらは、楽しそうにまりつきをしておった。そやけどなぁ。いっつもまりを抱(だ)いて、じっと遠いところからながめておる女の子がおってなぁ。名前は「さえ」と言うんや。
 次の日もその次の日も、さえは杉の木にもたれて、元気に遊ぶ子らを見ておるだけやった。お地蔵さまは
(さえもみんなといっしょに遊んだらええのに)
と思うてござった。
 ある日の夕方のことや。子どもらみんな帰ってしもた後、トン、トン、トンと音がしておるので、お地蔵さまは、
「こんなおそうに誰やろなぁ」
と見ていると、一人さえがまりをついておった。迎(むか)えに来たおっかあは、たった一人でまりをついとるさえを見て、たまらなんだんやろ。おっかあはお地蔵さまにひざまづいて、
「どうぞ、さえの口がきけますように」
と、涙ながらにたのんだんじゃ。お地蔵さまは、気の毒に思い、何とかして、さえの口がきけるようにならんかなぁとしんけんに思われた。
 日の暮(くれ)になると決まって、さえは一人でまりをつき、おっかあが呼(よ)びに来て二人そろって手を合わせる毎日やった。お地蔵さまは、いく晩もいく晩もお考えにならした。
 それはそれは、寒い晩やった。おっかあのもの悲しい子守り歌が聞こえてきたんや。その声を聞いているうちに、
(よし、わしの口をやろう)
とお地蔵さまは決めなさった。そして、次の日の夕方、
「さえよ。お前があの世に行くまで、わしの口をつかわす」
とお告げなさった。
用語説明
六把野
東員町六把野新田。



 その日から、さえは口がきけるようになり、みんなと元気に遊ぶようになったんさ。そのかわり、お地蔵さまの口はのうなってしもうた。
 おとうもおっかあも大喜びで、お地蔵さまを一層深く信じ、毎日のお参りをかかさなんだ。
 このことを知った目の見えやん蛇(へび)は、お地蔵さまにお願いして目をかしてもらおうと出かけて来よった。
「お地蔵さま。わしは、目が見えやんのでたいしたごちそうにもありつけず、いつも腹(はら)ぺこで。聞くところによりますと、さえに口をあげなさったとか。わしにも目をかしてください。おたのみします」
と、申し出たんじゃ。口ののうなったお地蔵さまは、何(なん)にも言えず首を横にふりなさった。目の見えやん蛇にそんなこと見えるはずもない。
(お地蔵さまは口がのうなって、返事してもらうのは無理なことや)
と思いこみ、
「お地蔵さま。ご返事いただけませんが、あわれな蛇をお助(たす)けください」
と言うと、お地蔵さまの体にのっそりのっそり登っていき、ぐるぐる巻きにした。ほんでな、見えやん目をこすりつけたんや。お地蔵さまは、えらいびっくりなさってなぁ。大声を出そうにも口はなし、首をふろうにも、蛇が巻きつきおって首もふれん。がまんをして目をぎゅっとつむっていなさると、今度は鼻(はな)までぐいぐいしめつけてきおる。そんでもお地蔵さまは、じっとこらえていなさったが、いちずな蛇は、鼻がめりこむほどしめつけた。お地蔵さまは
(これでは、目も鼻もつぶれてしまう。ちょっとだけ目をかしてやろう)
と思いなした。そのとたん、蛇の目が見えるようになったんや。蛇は喜んでお地蔵さまに「ギューッ」と巻(ま)きついたんで、とうとうお地蔵さまの目も鼻もぐいっとめりこんでしもた。苦しいの痛(いた)いのなんのって、辛抱できんので空高く飛び上がり、もんどり打って、ドスーンと土の中に沈んでしもたんや。
   



   
 それから長い年月がたち、六把野もずんずん開けていった。
 ある日、吉兵衛(きちべえ)さんが畑を耕(たがや)しておると鍬(くわ)の先にカチンとあたるものがあった。何やろなぁと掘(ほ)り起こしてみると、それは、お地蔵さまじゃった。お体を洗ってみると、なんと目も口も鼻もないずんべらぼうのお顔やったと。
 今も六把野では、このお地蔵さまをなぁ、目の見えやん人には目を、鼻のわるい人には鼻を、口のきけん人には口をやってしまう情(なさ)け深い、やさしいお方じゃ言うて、大事にお祀りしておるわな。
 
顔なし地蔵



読み手:江上 百合子さん