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桑名市 いけどられたかみなりさま
生け捕られた雷さま
「しぐれ蛤」といえば桑名の名産品。
このしぐれ蛤は、もとは雷様が村のおばあさんに教えた「へその佃煮」だった……という、
ちょっと意外なお話が残されています。

お話を聞く

 むかしから桑名の町に、雷(かみなり)さまのきらっているところがある。そこは、赤須賀(あかすか)という漁師町。
 ある日、おばあさんが飯を食べていると、にわかに空がかきくもり、ピカッゴロゴロと雷さまがやって来てな、雷さまは、久しぶりに出向いて来たんで、黒い雷雲の上で大あばれしとってな、ところが、乗っていた雲をしっかりつくっていなかったもんで、大きく飛びはねたひょうしに、雲が破れてしもたんや。
  ピカピカッドスン
 雷さまは、まっさかさまに、おばあさんの家の庭の井戸(いど)の中へ落っこちた。
用語説明
赤須賀
桑名市赤須賀



 おばあさんは、ふとんをかぶってふるえとったけれど、しばらくすると、庭の方で叫(さけ)び声が聞こえてきたんやわ。
「助(たす)けてくれー。助けてくれー」
 おばあさんは、おそるおそるふとんから出て、庭へおりてな。あちこちさがしまわったけれど、だれもおらんかった。
「助けてくれー。助けてくれー」
 突然(とつぜん)、また声がしてな。おばあさんが耳をそばだてたら、どうやら井戸の中から聞こえてくる。井戸をのぞきこんでみると、まっ赤な体に、トラの皮のふんどしをつけた雷さまが、頭に大きなこぶをつくって、助けを求めとった。おばあさんを見た雷さまは、
「どうか井戸から出してくれー」
と、目をまっ赤にはらしながら頼(たの)んだけれど、おばあさんは、
「なにをいう。人の家をなんども焼いて」
と、井戸にふたをして、雷さまをとじこめたんや。すると井戸の中から泣きそうな声が聞こえてきてな。
「もうけっしてここには落ちやせんから、助けてくれ」
「そんならふたを開けてやる。助けてやるから、何か残していけ」
「たいしたものはないが、今朝つくったばかりのへそのつくだ煮(に)ならおいていこう」
 
つくだ煮
醤油、味噌、砂糖で味こく煮しめた保存食品。



   
 雷さまは、へそのつくだ煮をおばあさんにわたしたんやて。おばあさんはそれを一つつまんで、びっくりした。今まで味わったことのない、とろけるようなうまさやったんや。
「こりゃうまい。これ、つくり方を教えていけ。そしたらすぐ出してやる」
 雷さまはしかたなく、つくだ煮のつくり方をおばあさんに教えて、逃(に)げ帰ったんやと。
 それからというもの、おばあさんは、このつくだ煮をつくって市場で売ろうとしたんやけど、材料である雷さまのへそが手に入らん。そこでおばあさんは、へそに似た蛤(はまぐり)の身をつくだ煮にして売ったんや。そしたら、たいそううまい、と評判がたって大繁盛(だいはんじょう)したんやて。
 桑名の蛤は、むかしから「浜(はま)の栗(くり)」と呼ばれるほど、色やつやがようて、ふっくらとした大きな実でな。雷さまのへそにぴったりやった。しかも、つくだ煮にしたら日持ちがええもんで東海道をいく旅人にもお土産(みやげ)に喜ばれたんやわ。とくに、これから冬を迎える十月の時雨(しぐれ)どきにつくったものがうまい、ということで「しぐれ蛤」と呼ばれてな。これが、有名な「桑名のしぐれ」のはじまりなんやて。
 
時雨
秋の末から冬の初めごろに降ったり止んだりする雨。

桑名のしぐれ蛤



読み手:長尾 寿美子さん