ホームへ
北勢地域

伊賀地域

中勢地域

伊勢志摩地域

東紀州地域

ジャンルで選ぶ
飯高町 かいりきせんこものがたり
怪力「専故」物語
昔々、弱虫の専故が二十一日間神様に願をかけて得たのは千人力。
これは、その千人力で大活躍した若者専古のお話です。

お話を聞く

 昔、川俣谷(かわまただに)の木地小屋(きじごや)に子のない夫婦(ふうふ)がおった。仲のええ、よう働く夫婦やったが、子どものないのがさびしゅうてならんだ。とうとう二人は子ども欲(ほ)しさに思い余(あま)って、日ごろから信仰(しんこう)しておった、だけ山(さん)の神さんにお百度参り(おひゃくどまいり)の願(がん)をかけた。
「どうぞ、だけ山の神さん、わしら夫婦に子どもを授(さず)けて下され」
 雨の日も風の日も寒い雪の日も来る日も来る日も二人は、子どもが欲しい一心で険(けわ)しい山道を登り、神さんにお願いした。
 とうとう満願の日。おぎゃあ、おぎゃあと元気なうぶ声をあげて、かわいい男の赤ん坊(あかんぼう)が生まれたんや。夫婦は大喜びで赤ん坊の名前を「専故(せんこ)」と名付け、かわいがって育てた。
 専故はすくすくと育ち、体はどんどん大きくなっていった。ところがどうしたことか、大の弱虫での。近所の子どもには泣かされる、力仕事は何もできんという始末やった。
 お父(とう)もお母(かあ)も
「今に大きうなったら、たくましゅうなって力仕事もできるようになるやろ」
と、思っていたんやが、あかん、あかん。専故はいつまでたっても弱虫のまんまで、大人になっても一人前の働きもできんだんや。
「なあ、専故や。お前は、だけ山の神さんに授かった子やで、神さんにお願いして力を授けてもらうがええぞ。お父もお母も心配で心配で……。このまんまでは、わしら、先に死ねえへんわ」
「わかった。俺(おれ)、神さんに頼むわ」
 もともと素直(すなお)な専故は、二十一日の願をかけ、その日から毎日毎日だけ山に登って、一心不乱(いっしんふらん)に神さんにお願いした。
「何とぞ我(われ)に万人力(まんにんりき)を与(あた)えたまえ」
用語説明
川俣谷
飯高町宮前の深谷川の流域。集落のあるあたりを川俣(かわまた)という

木地
局ヶ岳(つぼねがたけ)の南あたり

だけ山
飯南町と飯高町の境にある山標高1028メートル



 満願(まんがん)の日。いつものように念じ終わるやいなや、専故は急にみなぎり溢(あふ)れる力を体中に感じた。
「やれ、うれしや。神様が願いをかなえてくださった。今日から俺は万人力や」
 ところが万人力になった専故が大喜びで山を下りる途中、なんと、ちょいと木にさわると木がめりめりっと倒(たお)れるし、岩につまずくと岩がばらばらっと飛び散ってしまうし、せきをすると木の枝がぺしっぺしっと折れてしもたんや。
 困(こま)り果てた専故は、今来た道をまた頂上まで一気にかけ登って
「神さん、どうぞ我に千人力を与えたまえ」
と、また、一心不乱に念じた。すると神さんはこの願いを聞き入れ、たちまち千人力を授けられた。千人力になった専故を見て、お父もお母も涙(なみだ)を流して喜んだ。
   



   
 それからというもの、専故の活躍(かつやく)はめざましかった。ある時、紀州(きしゅう)の殿様(とのさま)の行列が木地小屋へさしかかったところ、綱(つな)を引きずった大きな牛がのっそり現れてなあ、そこを動かんのや。驚(おどろ)いた家来たちは、牛の綱を引いたり、お尻(しり)を押したりしてみたが、牛は岩のようにびくともせん。どうしたものかと気をもんでおるところにやってきたのは専故やった。
 専故は、牛の足をつかんでひょいと道のかたわらに片(かた)づけてしもた。驚いたのは殿様や。
「お前は、えらい力持ちじゃ、ほめてつかわす」
と、専故にたくさんのほうびをくださったそうや。
 それからな、こんな話もある。川向かいの栃川(とちかわ)の村に二十抱(かか)えもあるような大きな太い栃の木があっての、この木を汚(けが)すと命がなくなると言い伝えられ、みんなに恐れられておった。
 このうわさを聞いた専故は、
「木のぶんざいでたたるとは何事じゃ。おのれ、栃の木め、村の者のなげきを知らんのか。俺がたたっ切ってやる。たたれるものならたたってみよ」
と言うて、大斧(おの)をふりあげ、栃の木に切りかかった。しぶとい栃はあっという間に倒れてしもうた。下滝野(しもたきの)の古い良泉寺(りょうせんじ)の天井板(てんじょういた)には、この栃の木が使われたということや。宮前の慶法寺(けいほうじ)と、旧井上家の棟木(むなぎ)は専故が一人で上げたものであると言われているのや。
 むかしむかしの怪力専故の話や。今でも飯高町には怪力専故の墓となあ、「怪力専故の足跡(あしあと)」という石が残っているんやよ。これでおしまい。
 
二十抱え
大人が20人手をつないで囲める太さ

下滝野
飯高町下滝野

宮前の慶法寺
飯高町宮前にある真宗の寺



読み手:中村 ゐくさん