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伊勢街道・街道の昔々

第1話

発想は一枚の桜の葉伊勢型紙の由来

渋柿で補強した和紙に模様を切り抜き、着物の布地に模様を染めるのに用いる伊勢型紙は、鈴鹿市の寺家や白子が本場。この国の伝統工芸品にも指定されている伊勢型紙と、観音寺の不断桜とを結ぶ伝説があります。桜といえばもちろん花ですが、残念なことにすぐに青々とした葉桜となり、毛虫が食い荒らします。その昔、久太夫という人物が、この虫食いの葉を見て伊勢型紙を思いついたのだそう。実話かどうかは不明ですが、花と葉が絶えない不思議な桜のこと、不思議なご利益があるのかもしれません。
発想は一枚の桜の葉伊勢型紙の由来


第2話

妬がうんだ殺傷事件

寛政 8年(1796) 5月 4日夜、古市の遊廓油屋(大林寺の隣にあったとされる)で、医師孫福斎(まごふくいつき)は、馴染みの遊女お紺を相手にお酒を飲んでいました。途中、お紺が伊予の商人らに呼ばれ中座し戻ってこないため、斎は荒れ狂い九人斬りの殺傷事件を起こしました。斎はいったん油屋から逃げたものの同月14日自刃しました。この事件を基に、芝居立作者、近松徳三が『伊勢音頭恋寝刃(いせおんどこいのねたば)』を製作しました。今でも数多くの俳優によって演じられるこの物語は、伊勢に伝わる事件として語り継がれています。
妬がうんだ殺傷事件


第3話

恋する想いを歌に託して

平安時代の歌物語『伊勢物語』には、31代斎王の恬子(やすこ)内親王と在原業平(ありわらのなりひら)をモデルにしたロマンスが描かれています。ある日のこと、斎宮へ狩の使いで来た業平は恬子の神秘的な美しさに打たれ恋におち、やがて二人はお互いに魅かれ合うようになります。しかし、恬子は斎王という立場から恋をすることに悩み迷い、その想いを歌にたくし、業平へと送ります。業平が尾張へと向かう日、大淀の松の下で再び恬子は歌を詠むと、業平はその歌に下の句をつけ返答します。はかない縁ではありましたが、またお逢いしましょうと詠まれたその歌には、再会への願いと悲恋の想いが込められています。
恋する想いを歌に託して

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