「土の一句」入賞句 総評
被災地の土の嗚咽をきく月夜
一瞬にして津波が襲ひ多くの命が失はれた今現在復興は未だに遅々として進まない。瓦礫に覆はれた被災地の土の嗚咽がきこえてくる様な句で悲しみは深く季題の月夜が猶淋しさを募らせる。土といふ題にもこうした詠み方がある事に考へさせたれた。(星野椿氏)
卒業し熊野の漁夫となりにけり
峻険な山と谷の前に豊かな海が広がる熊野路は、古来より祖霊の棲む木の国であり、また、漁業の盛んな海の国である。学校を終えてすぐ、熊野の漁夫となった。まことに明解で率直な生き方の選択だ。これからは鮪を追い、鰤を捕り、鰹を釣る。そんな道を選んだ若者への讃歌であり、また、それを励ます一句である。(三重県俳句協会)
甘藷植う余震の土に膝をつき
2011年3月11日の東日本大震災・大津波は、千年に一度と言われる大地震であり、大津波であった。余震が長く続いており、一年過ぎた後もなお、かなり大きな余震が起っている。その余震の中、土にしっかりと膝をついて甘藷を植えているのである。地震を恐れながらも、この大地の持つ生命力、そして大地の恵みを信じながら、甘藷を植えている祈るような気持が、ひしひしと感じられる句である。
(有馬朗人氏)
通し土間蹴って出を待つ祭馬
「通し土間」は、表から裏口に通り抜けられる民家の土間。祭の日、ここで待機している馬が、なんとなく落ち着かない。土間を蹴りつつ出を待っている馬は、いつもとはちがう馬具を身に着け、首を上下させたり、尾を振ったりしてそわそわしている。今日が特別な日であることを察知しているのだ。どこの何祭かはわからないが、伝統ある祭であることが如実に出ている。(宇多喜代子氏)
放たれて猟犬土を嗅ぎにけり
犬の鼻(嗅覚)は人間と比べものにならない程、発達しているのは周知の通り。猟犬は、本来の性質を失うことなく生き延びて来た種属であるから、更に“臭”に鋭敏な犬を指す。土を嗅ぐ、とは餌物(動物)の残していった“臭”を必死で嗅ぎ分けている姿。放たれた犬は執拗にその土の上に残された“臭”を求めて、草叢の中を駆けずり回る。猟に同行したような臨場感に昂揚する“見える”句である。(中原道夫氏)
初蝶を黄と知るまでの土手の風
初蝶を見た途端の喜びはなんとも表現出来ないがそれが白ではなく黄である事に喜びが重なったのである。土手の風がふっと初蝶を運び初蝶をこの世に送り出したのであった。(星野椿氏)
青麦を挿す町長の机かな
厳しい冬の寒さに耐えた麦は、春、勢いよく丈を伸ばし、田畑を緑一色に染めつくす。そしてこの中に雲雀などが巣を作り子を育てる。正に生命を育む色の青麦である。この青青と伸びた麦が挿されてある町長さんの机、誰が選んだにせよ、この青麦が示す未来への願望は健やかで明るい。こんな町に住みたい。そんな声が聞こえてくる一句。(三重県俳句協会)