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正宗得三郎 まさむねとくさぶろう

生没年

1883-1962

出身国

日本

記事


略歴

1883(明治16)年  8月22日、岡山県和気郡伊里村の旧家に正宗浦二の三男として生まれる。                   長男・忠夫(白鳥)は文学者、次男・敦夫は国文学者として知られる。
1902(明治35)年  上京して寺崎広業の天籟画塾に通い、日本画を学んだが、やがて洋画を志し、東京美術学校西洋画科選科に入学する。
1907(明治40)年  東京美術学校を卒業。山本鼎、森田恒友らと同期生。
1909(明治42)年  第3回文展に初めて 『白壁』 を出品。
1910(明治43)年  高松光太郎の経営する琅かん洞で第1回個展を開き、また文展に 『夕日反映』 、白馬会展に 『落椿』 を出品。11月、結婚して西大久保に住む。
1911(明治44)年  第5回文展に落選後、友人らと落選展覧会を開く。これが後の二科会出発の契機となる。
19148大正 3)年  二科会創立。4月、フランスに渡り、マチスに会う。
1916(大正 5)年  7月、ヨーロッパ大戦のため、島崎藤村と同船で帰国。牛込矢来町に住む。二科第3回展に渡欧作36点を出品。
19178大正 6)年  信州蓼科、銚子犬若等に写生旅行。この頃から大正10年まで文化学院で教鞭をとる。
1918(大正 7)年  11月、東中野にアトリエを新築して移る。
1921(大正10)年  9月、再渡欧。パリのアトリエで制作。
1924(大正13)年  6月、ヨーロッパから帰国。
19268大正15)年  4月より昭和7年3月まで成城学園で教鞭をとる。
1943(昭和18)年  二科第30回展・回顧展に25点出品。『正宗得三郎画集』 刊行。
19458昭和20)年  長野県下伊那郡三穂村に疎開して終戦を迎える。
1947(昭和22)年  4月、疎開先で黒田重太郎、中川紀元、鍋井克之、熊谷守一、宮本三郎らと二紀会創立。
1948(昭和23)年  長野から東京へ戻る。
1949(昭和24)年  9月、肉腫に侵されて手術2回、レントゲン治療を続け奇跡的に回復。
1951(昭和26)年  健康を回復。各地に写生旅行。毎年、二紀会展に出品、同時に鉄斎研究に没頭。
1962(昭和37)年  3月14日、逝去。享年79歳。

館蔵作品

作品名 制作年 材料 寸法
ヴェトイユの春 1914(大正3)年 油彩・キャンバス 62.0×80.5
マルセーユ、ノートルダム石段 制作年不詳 鉛筆、インク、水彩・紙 16.1×11.7
ルーベンスのマリア(写真版より?) 制作年不詳 鉛筆、インク・紙 16.0×24.3
リモージュ風俗 制作年不詳 鉛筆、インク・紙 18.0×11.0
リンゴノ収穫 制作年不詳 鉛筆、パステル、水彩・紙 22.4×15.6
ノートルダムよりマルセーユの市街湾港を望む 制作年不詳 鉛筆、水彩・紙 17.1×11.7
ヴィエンヌ河畔 制作年不詳 鉛筆、水彩・紙 18.0×11.0
セーヌ河畔 制作年不詳 鉛筆・紙 16.7×10.3
ボルドーよりアルザスに向かう兵 制作年不詳 鉛筆・紙 16.8×10.3
リンゴの収穫 制作年不詳 鉛筆・紙 23.0×15.8
アルサスへ 制作年不詳 鉛筆・紙 15.9×10.4
リモージュ風俗 制作年不詳 水彩、鉛筆、インク・紙 18.5×11.0
ノートルダムの内部 制作年不詳 水彩、鉛筆・紙 17.7×11.0
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