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 真昼の夢、夜の寝覚め―昼夜逆・]の想像力―  作品リスト

 

ごあいさつ

 

このたび三重県立美術館は、「真昼の夢、夜の寝覚め―昼夜逆転の想像力―」展を開催します。

昼に活動をして、夜には目を閉じ休息する。そんな日常の循環をふいに逸脱するとき、私たちの想像力は思いがけない飛躍を果たします。本展は、そのような想像力の働きを、当館が所蔵する様々な美術作品に見出そうという試みです。

私たちは、夜が与えてくれる様々な豊かさを享受しています。灯照らす夜の街では、ダンスやショー、花火、酒宴など数々の娯楽を楽しむでしょう。また、真夜中の静けさが受験勉強や原稿書きの際、思わぬ集中力をもたらします。眠れずにいるときには、闇夜の孤独がときに人を物思いに誘い、あるいは幽霊や怪物など目に見えない存在の気配を感じさせることもあります。

そんな夜が与えてくれる独特の高揚感や安らぎ、孤独をインスピレーションに、美術家は、夜空に星座を紡ぐように、光の下では知覚できないようなイメージや概念を作品に表現してきました。

夜に訪れる霊感は暗い闇を背景としている一方で、昼間に見る夢、「白昼夢」という言葉には、目を眩ませるほどの強い光の作用を感じさせます。例えば、霊的な視覚によって見られた特別なヴィジョンは「幻視」と呼ばれ、しばしば深い信仰心がもたらす啓示や光明と結びついています。あるいは、光が見せる幻である「蜃気楼」は、現実に観測される科学的な現象であるとともに、白昼に屹立する空想建築といった幻想的なイメージをも喚起します。展覧会の後半では、この二つのキーワードに沿って、所蔵作品を新たな視点で捉えなおします。

夜、目を覚まし、昼、夢を見る。そんな昼夜逆転の状況に訪れるインスピレーションは、どのように美術作品と関わっているのでしょうか。この問いに思い巡らせながら、日常とは異なる時の流れや視覚の有り様を、出品作を通して感じていただければ幸いです。

最後になりましたが、本展覧会の開催にご協力いただいた関係各位に感謝いたします。

                                       主催者

第1室 薄明の時間

 

昼夜が逆転した時間の迷路の入り口として、実際に両者が入れ替わる時刻に身を置いてみましょう。

黄昏は、太陽がその足取りを速め、光や影が刻々とその姿を変える、時の流れを最も感じやすい刻限です。近世までの日本美術においては、昼や夜という時刻が、「太陽」や「月」といった説明的なモチーフで表現されるにとどまり、時が移行していく感覚が一枚の絵画に表現されることは稀でした。西洋の明暗表現をもち沈みゆく夕陽の情景を描き出すワーグマンやフォンタネージによる風景画は、恐らく、こうした時間の推移への感性を育む一助となったでしょう。そのなかで、印象派の画家クロード・モネは、従来の明暗表現に満足せず、光の移り変わりを複数のキャンバスを通じて描き出す連作という形式を生み出しました。

明治以降の日本の画家たちによる風景にも、暮れかけの表情豊かな空が描き留められるようになります。そこには過ぎ去っていく時間への寂寥の気持ちまでもが込められているようです。

昼から夜への移行は、絵画のなかに閉じ込められることによって、宙吊りにされ、本来の時間の流れから逸脱させられている、と考えることもできます。夕暮れの絵画が、どこか心許ない気持ちをかきたてるのは、夜へのとば口が、「逢魔が時」と呼ばれ、異界への扉が開く刻限であるとされることとも無縁ではないでしょう。

鹿子木孟郎や松本竣介らの作例に見られるように、そうした時刻と、人や物の通過点である駅、あるいは後ろ姿の人物像といったモチーフが重なったとき、別の時空へと精神が迷いこむかのような感覚に襲われます。

 

第1室 薄明の時間 出品リスト
作者名 生没年 作品名 制作年 材料 所蔵者・寄贈者
クロード・モネ 1840-1926 ラ・ロシュブロンドの村(夕暮れの印象) 1889年 油彩・キャンバス 公益財団法人岡田文化財団寄贈
アントニオ・フォンタネージ 1818-1882 沼の落日 1876-78年頃 油彩・キャンバス  
中澤弘光 1874-1964 帰途 1917(大正6)年 油彩・キャンバス  
伝フォンタネージ 1818-1881 夜景 制作年不詳 油彩・キャンバス 三井弦氏寄贈
チャールズ・ワーグマン 1832-1891 風景 制作年不詳 油彩・キャンバス 個人蔵
麻生三郎 1913-2000 夕日 1943(昭和18)年 油彩・板  
中谷泰 1909-1993 水郷(伊勢長島) 1968-69(昭和43-44)年 リトグラフ・紙  
木村荘八 1893-1958 日没 1949(昭和24)年 油彩・キャンバス  
萬鐵五郎 1885-1927 木の間よりの風景 1918(大正7)年頃 油彩・キャンバス  
須田國太郎 1891-1961 信楽 1935(昭和10)年 油彩・キャンバス 公益財団法人岡田文化財団寄贈
前田寛治 1896-1930 風景 1924(大正13)年頃  油彩・キャンバス  
松本竣介 1912-1948 駅の裏 1942(昭和17)年 油彩・キャンバス  
鹿子木孟郎 1874-1941 津の停車場(春子) 1898(明治31)年 油彩・キャンバス  

 

第2室 夜の寝覚め 

 

人類は、闇とともに訪れる不便や危険をかえりみず、睡眠に充てるべき夜の時間をも様々な活動に利用してきました。そこには当然、創作の営為も含まれています。

文学史を紐解けば、ドイツ・ロマン派やイギリスの墓場派の詩人たち、古代の和歌から宮沢賢治まで、夜を讃美する優れた一節は容易に見つけることができます。視覚によって楽しむことを前提とする美術においても、闇夜を背景とした数多くの作品が生み出されてきました。

西洋では、蝋燭やランプに照らされた室内の親密さは、17世紀のジョルジュ・ド・ラトゥールから19世紀末のボナールまで多くの作例に描かれ、月夜に味わう静かな孤独感は、ドイツのフリードリヒからノルウェーのムンクまで、数々の優品に表現されています。

 本章では、時代と場所を越えて表現されてきた夜の魅力を、当館の所蔵作品のうちに見出し、「にぎやかな夜」、「夜の彷徨」、「夜行性」、「星空」という4つのキーワードに沿って展示いたします。

 にぎやかな宵の高揚感、静かな月夜の孤独、深更の森に潜む不気味さ、いずれも夜の闇のなかでのみ輪郭を露わにする感覚や存在です。人類最古物語の一つと言える星座もまた、夜空に光る星々を結びつけることで編まれたものでした。夜の闇は、はっきりと目にすることのできない存在や形象化しがたい概念を目に見えるようにするための重要な背景であったようです。人は、自然の循環に逆らって享受された、この夜の寝覚めの時間に、見えないものへの豊かな感受性を育んできたのかもしれません。

 

にぎやかな夜

 

人工照明になれた現代の私たちにとって、夜は恐怖の対象ではありません。むしろ、仕事や学校が終わったあと、様々な娯楽を楽しむことのできる愉快な時間といえるでしょう。

画家たちもまた、そんな夜の開放感やダイナミズムに心惹かれ、ダンスホール、サーカス、レビューなどをモチーフに描いています。

 

星や月が明るく輝く夜には、仄暗い街路の散策も心愉しいものです。古賀春江は、遠くの汽船や花火の微かな瞬きを巧みに画面に散りばめ、穏やかでかつ祝祭的な夜の情景を表しました。ジョアン・ミロは、抽象的な形の巧みな組み合わせによって、月明かりの下で繰り広げられる陽気な百鬼夜行を描き出しています。

 

一方、このセクションの日本画に描かれているのは、華やかな酒席そのものではなく、その前後の光景です。祇園の通りを急ぐ芸妓たち、月の下で眠り込む詩人、千鳥足で帰路につく人々などからは、にぎやかな宴への期待やその余韻が伝わってきます。

 

 

夜の彷徨

 

眠れぬ夜は、その帳が我々を心安らかに包み込むときであれ、訳もなく不安を掻きたてるときであれ、ときに人を孤独にします。その孤独な魂が、月光の下物思いにふけり、あるいは、仄暗い街路をさまよい歩くことで、数々の芸術作品を生む特別なインスピレーションとの出会いを果たしてきました。

エドヴァルド・ムンクによる月光の差しこむ室内情景は、そんな孤独でありながら静謐な魂の状態を代弁したものでしょう。あるいは、大正・昭和にに木版画で活躍した藤森静雄や谷中安規は、夕闇の街路を鋭敏な感覚で見つめ、日常と隣接する異界として表しました。

 

画家の想像力は闇夜のなか彷徨し、悪夢のような幻想にもたどり着きます。ゴヤ晩年の版画集『妄』や石井茂雄の作品では、怪物や幽霊のような人物たちがモノトーンの世界を闊歩しています。その不気味な姿は、人の心の深部、その闇に潜む非理性を象徴しています。

 

 

 

夜行性

 

夜更かしは灯を手に入れた人間だけのものではありません。闇の中には得体のしれない生き物たちの気配が蠢いています。このセクションの作品は、言葉や形象に表すのが困難な闇の神秘を、生物や少女たちの姿に託して可視化したものと言えます。

小林研三の描いた《ズク》とは、夜行性の猛禽ミミズクのこと。知恵の象徴や不吉の前兆といった両義的な意味を付与されてきたこの動物は、人にはない闇夜を見通す力を持っています。戦後日本の矛盾を作品に表現してきた池田龍雄によるどこか不恰好な禽獣たちも、鋭く透徹した眼差しを正面に向け、社会という闇を見晴かさんとしています。

 

イケムラレイコの少女たちは、幽霊のように捉えどころがありません。その姿は、よせてはかえす波のように「此岸」と「彼岸」を行き来しながら、眼には見えない世界の存在を示唆しているかのようです。

 

 

星空

 

空を見上げ星々に思いを馳せるという人だけの営み。それは、星座の物語を生み、天文学を祖とする様々な科学を進歩させてきました。一方、近現代の抽象画家たちは、キャンバスという広大な宇宙に手探りで色や線の星座を描き出す、果敢な冒険に旅立ちました。両者はともに、不可視の領域に何とか秩序を見出そうとする試み、と言えるかもしれません。

 

杉浦イッコウの色彩と筆致は、スピード感に満ち、抽象の宇宙を駆け巡る楽しさに満ちています。黒い絵具層を掻き削り白い線を露わにする浅野弥衛の描画は、夜空を進む流星を連想させます。あるいは、カンディンスキーが多彩な線描を駆使して生み出す版画の一枚一枚。それは星々が独自に運行を続ける銀河系であり、同時に、異なった組成を持つ微生物であるかのような、「小さな世界」たちを創造しています。

 

 

第2室 夜の寝覚め 出品リスト
作者名 生没年 作品名 制作年 材料 所蔵者・寄贈者
アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック 1864-1901 ムーランルージュのイギリス人 1892年 リトグラフ・紙  
木村荘八 1893-1958 戯画ダンスホール 1930(昭和5)年 油彩・キャンバス  
古賀春江 1895-1933 煙火 1927(昭和2)年 油彩・キャンバス  
中村岳陵 1890-1969 都会女性職譜(女給) 1933(昭和8)年8月 紙本着色  
中村岳陵 1890-1969 都会女性職譜(レビューガール) 1933(昭和8)年8月 紙本着色  
中村岳陵 1890-1969 都会女性職譜(奇術師) 1933(昭和8)年9月 紙本着色  
宇田荻邨 1896-1980 祇園新橋 1919(大正8)年 絹本着色 公益財団法人岡田文化財団寄贈
曾我蕭白 1730-1781 李白酔臥図屏風 制作年不詳 紙本墨画  
月僊 1741-1809 酔客帰路図 制作年不詳 紙本淡彩 小津家寄贈
ジョアン・ミロ 1893-1983 アルバム13   1948年 リトグラフ・紙  
マルク・シャガール 1887-1985 版画集『サーカス』 より 1967年 リトグラフ・紙 公益財団法人岡田文化財団寄贈
村山槐多 1896-1919 詩『深夜の耳』 1917(大正6)年 インク・紙 公益財団法人岡田文化財団寄贈
エドヴァルド・ムンク 1863-1944 『マイヤー・グレーフェ・ポートフォリオ』より「窓辺の少女」 1894年 エッチング、ドライポイント・紙  
エドヴァルド・ムンク 1863-1944 『マイヤー・グレーフェ・ポートフォリオ』より「差し向かい(下宿でのあいびき)」 1894年 エッチング、ドライポイント・紙  
エドヴァルド・ムンク 1863-1944 『マイヤー・グレーフェ・ポートフォリオ』より「クリスティアニア・ボヘームT」 1894年 エッチング、 ドライポイント・紙  
エドヴァルド・ムンク 1863-1944 『マイヤー・グレーフェ・ポートフォリオ』より「月光」 1894年 エッチング、 ドライポイント・紙  
ジャコモ・マンズー 1908-1991 『ジャコモ・マンズー版画集』より 1970年 エッチング、アクアチント・紙  
オノレ・ドーミエ 1808-1879 『古代史』より「ペネロペの夜」 1842 リトグラフ・紙  
中谷泰 1909-1993 人魚と赤いローソク 1953(昭和28)年頃 インク、淡彩・紙  
中谷泰 1909-1993 月夜とめがね 1953(昭和28)年頃 インク、淡彩・紙  
瑛九 1911-1960 人物 1935(昭和10)年 インク・紙  
小川詮雄 1895-1944 月夜 1920(大正9)年頃 インク・紙 小川源茂氏寄贈
北川民次 1894-1989 『瀬戸十景』より「夜の工場」 1937(昭和12)年 リノカット・紙  
谷中安規 1897-1946 虎ねむる 1933(昭和8)年 木版・紙  
谷中安規 1897-1946 瞑想氏 1933(昭和8)年 木版・紙  
恩地孝四郎 1891-1955 抒情 I 1914年(大正3)年 1989年恩地邦郎摺 木版・紙  
恩地孝四郎 1891-1955 抒情U 1914年(大正3)年 1989年恩地邦郎摺 木版・紙  
恩地孝四郎 1891-1955 そらにかかるもの 1914年(大正3)年 1989年恩地邦郎摺 木版・紙  
恩地孝四郎 1891-1955 失題 1914年(大正3)年 1989年恩地邦郎摺 木版・紙  
恩地孝四郎 1891-1955 のこるこころ 1915年(大正4)年 1989年恩地邦郎摺 木版・紙  
恩地孝四郎 1891-1955 失題 1915年(大正4)年 1989年恩地邦郎摺 木版・紙  
藤森静雄 1891-1943 失題 B 1914年(大正3)年 木版・紙  
八島正明 1936- 2003(平成15)年 油彩・キャンバス 作家寄贈
浜口陽三 1909-2000 9つの貝殻 1980(昭和55)年 メゾチント・紙  
浜田知明 1917- 1952(昭和27)年 エッチング、 アクアチント・アルシュ紙  
浜田知明 1917- 疑惑 1957(昭和32)年 エッチング、アクアチント・アルシュ紙  
石井茂雄 1933-1962 使者 1958(昭和33)年 エッチング、アクアチント・紙  
石井茂雄 1933-1962 不詳(虐殺の木) 1958(昭和33)年 エッチング、アクアチント・紙  
フランシスコ・デ・ゴヤ・イ・ルシエンテス 1746-1828 『戦争の惨禍』(72)「結末はこれだ」 1810-20年 エッチング・紙  
フランシスコ・デ・ゴヤ・イ・ルシエンテス 1746-1828 『戦争の惨禍』(73)「猫のパントマイム」 1810-20年 エッチング、ビュラン、バーニッシャー・紙  
フランシスコ・デ・ゴヤ・イ・ルシエンテス 1746-1828 『妄』(18)「葬いの妄」 1815-24年

 

出版:1930年
エッチング、アクアティント、バーニッシャー、ビュラン・紙  
フランシスコ・デ・ゴヤ・イ・ルシエンテス 1746-1828 『妄』(8)「袋詰めの人たち」 1815-24年

 

出版:1930年
エッチング、アクアティント、バーニッシャー・紙  
フランシスコ・デ・ゴヤ・イ・ルシエンテス 1746-1828 『妄』(3)「滑稽の妄」 1815-24年

 

出版:1930年
エッチング、アクアティント、バーニッシャー・紙  
フランシスコ・デ・ゴヤ・イ・ルシエンテス 1746-1828 『妄』(2)「恐怖の妄」 1815-24年

 

出版:1930年
エッチング、アクアティント、バーニッシャー、ビュラン・紙  
池田龍雄 1928- 『禽獣記』より「夜の女王」 1957(昭和32)年 水彩、インク、コンテ・紙  
池田龍雄 1928- 『禽獣記』より「ぬえ」 1957(昭和32)年 インク、コンテ・紙  
木下富雄 1923-2014 落日 (黒) 1981(昭和56)年 木版・紙  
濱田稔 1947-     森の詩 1986(昭和61)年  
斎藤寿一 1931-1992 森と月 1962(昭和37)年 エッチング・紙  
斎藤寿一 1931-1992 波と月 (B) 1964(昭和39)年 エッチング・紙  
斎藤寿一 1931-1992 波と月 (B) 1964(昭和39)年頃 エッチング・紙  
イケムラレイコ 1951- 夜の浜辺 2002-2003年 油彩・麻  
小林研三 1924-2001 ヅク 1962(昭和37)年 油彩・カンヴァス  
鶴岡政男 1907-1979 1965(昭和40)年 油彩・キャンバス  
駒井哲郎 1920-1976 束の間の幻影 1951(昭和26)年 エッチング、アクアチント・紙  
ワシリー・カンディンスキー 1866-1944 版画集『小さな世界』より 1922年 木版、 リトグラフ、ドライポイント・紙  
浅野弥衛 1914-1996 作品 1975(昭和50)年 油彩・キャンバス  
杉浦イッコウ 1946- A SPACE ODYSSEY 90 III 1990(平成2)年 アクリル絵具・キャンバス  
杉浦イッコウ 1946- A SPACE ODYSSEY 90 BLACK RIVER 1990(平成2)年 アクリル絵具、木、布・キャンバス  
宇佐美圭司 1940-2012 銀河鉄道 1964(昭和39)年 油彩・キャンバス  

 

 

 

第3室 真昼の夢 

 

ただの絵具の集積や木石といった物質を、日常とは別の現実として信じ込ませるという意味において、多くの美術作品が、ある種の虚構、夢や幻と言えるかもしれません。美術史に目を向けてみても、象徴主義や超現実主義の美術家たちは、目には見えない世界や夢のイメージを可視化することを探求しました。

では、「真昼に見る夢」と言うと、どのようなイメージが浮かぶでしょうか。夜中に訪れるインスピレーションが闇を背景としていたのに対して、「白昼夢」という言葉は、強い光の作用を連想させます。本章では、光にまつわる白昼の夢として「幻視」と「蜃気楼」というキーワードを提示し、夢や幻と結びつく様々な所蔵作品を新たな視点でご紹介いたします。

「幻視」とは、通常の視覚では見ることのできないものが現前する特別なヴィジョンのことです。そうしたヴィジョンは、しばしば深い宗教心と結びつけられ、啓示や悟り(英:enlightenment)、仏教においては、光明とも言いかえることができるでしょう。その根源には、見えないものを見たい、という強い欲求そのものがあります。

一方、「蜃気楼」は、日中に実際に見ることができる幻です。現在では、大気中の光の屈折という科学的根拠が明らかにされていますが、浮世絵においては、どこか異国風の楼閣として表現され、対岸の別世界を象徴するものであったことが分かります。独特の幻想性を喚起するこの「蜃気楼」という言葉を通して所蔵作品に目を向けてみましょう。そこには、建築をめぐる想像力の興味深い倒錯を見ることができるでしょう。

 

幻視

 

本来ならば見えないはずのものが現前するとき、そのヴィジョンは「幻視」と呼ばれ、しばしば深い信仰心と結びついています。

 

中澤弘光は、《光明》において、天平人たちの祈りの姿を表現しました。展示した下絵では、生身のような色彩を持ちながら光輝を発する、神秘的な菩薩像が描き込まれています。

 

『ヨハネの黙示録』は、キリストの弟子ヨハネが見たこの世の終わりに関する幻視を書き記したものです。オディロン・ルドンは、テクストに登場する様々なモチーフから、新しいエルサレムや星の飛来といった幻想的な場面を独自に選択し絵画化しました。

 

 『弱法師』は、生家を追われ盲目となりながら、恋仲の女性の助けによって寺への祈念を行うことで、視力を回復するという男の物語です。しかし、橋本平八の作例がまとう深い幽玄の気配からは、幻のなかでのみ視力を取り戻す謡曲のあらすじのほうが、典拠として似つかわしいように思えてきます。

 

 

蜃気楼

 

白昼、現実に目にすることのできる幻といえば蜃気楼です。

 

桑名や四日市は、蜃気楼の名所としてしばしば錦絵に表現ました。これは、この現象が多く観測されたというよりは、「蜃」すなわち当地の名物ハマグリから連想されたためでしょう。

 

 光のなかで屹立する建築的イメージは、空間的な表現となるだけにいっそう、非現実と現実のはざまへ見る者を誘いやすいもののようです。美術家たちは、建築的イメージを、サイズの逸脱や、非現実的な入れ子構造、あるいは記憶の残滓のなかで表現し、展示室に白日夢の情景を現出させます。

 

 崩壊した都市あるいは廃墟のイメージもまた、しばしば夢と結びつけられてきました。それは、往時のすがたを想像させるとともに、いつかやってくる消滅のヴィジョンを垣間見せ、過去と未来が交差する場となっているのです。

 

 

終わらない眠り

 

 昼夜逆転をテーマとした本展の最後に、昼と夜が一つに融け合ってしまったような事態、眠りつづける人物を描いた作品をご紹介しましょう。

 

鈴木金平と中村彝の肖像画において、目を閉じたままのモデルは、いずれも描かれてしばらく後に夭折する画家と彫刻家です。そこには、永久に終わらない眠り、循環する時間の究極の寸断である「死」の気配を感じずにはいられません。

 

一方、眼を閉じた人物は、美術において、「死」とは別の文脈でも表現されてきました。視覚を失った、あるいは眠りに没入した主体は、最も重要であるはずの感覚を閉ざし理性を手放してしまっている、とも言える一方で、眼には見えない世界、理性ではたどり着けない本能や想像の領域に足を踏み入れているとも考えられます。目を閉じた人物のモチーフは、日常の視覚や理性的判断とは別の価値に目を向けたい、という芸術家のマニフェストなのかもしれません。

 

 

第3室 真昼の夢
作者名 生没年 作品名 制作年 材料 所蔵者・寄贈者
中澤弘光 1874-1964 光明 エスキース(女人の祈り) 1919(大正8)年 油彩・板 三井弦氏寄贈
橋本平八 1897-1935 弱法師 1934(昭和9)年  
ヤン・トーロップ 1858-1928 種蒔く人 1895年 リトグラフ・紙  
ウィリアム・ブレイク 1757-1827 ヨブ記  表紙 1825年 エッチング・紙  
ウィリアム・ブレイク 1757-1827 「ヨブ記」より  第14図:明けの星が相共に歌う時 『ヨブ記』38:4ー7 1825年 エッチング・紙  
ウィリアム・ブレイク 1757-1827 「ヨブ記」より  第13図:つむじ風の中からヨブに答える神 『ヨブ紀』38:1 1825年 エッチング・紙  
ウィリアム・ブレイク 1757-1827 「ヨブ記」より  第11図: ヨブの悪い夢  『ヨブ記』7:14 1825年 エッチング・紙  
ウィリアム・ブレイク 1757-1827 「ヨブ記」より  第17図:キリストの幻 『ヨブ記』42:5

 

 
1825年 エッチング・紙  
オディロン・ルドン 1840-1916 アレゴリー−太陽によって赤く染められたのではない赤い木 1905年 油彩・キャンバス  
オディロン・ルドン 1840-1916 ヨハネ黙示録(1)《−その右手に七つの星を持ち、口からは鋭いもろ刃のつるぎがつき出ていた。》 1899年 リトグラフ・紙  
オディロン・ルドン 1840-1916 ヨハネ黙示録(5)《するとたいまつのように燃えている大きな星が、空から落ちてきた。》 1899年 リトグラフ・紙  
オディロン・ルドン 1840-1916 ヨハネ黙示録(6)《・・・ひとりの女が太陽を着て、》 1899年 リトグラフ・紙  
オディロン・ルドン 1840-1916 ヨハネ黙示録(11)《またわたし、ヨハネは、聖なる都、新しいエルサレムが、神のもとを出て、天から下って来るのを見た。》 1899年 リトグラフ・紙  
関根正二 1899-1919 天使(断片) 1918(大正7)年頃 油彩・キャンバス  
周麿(河鍋暁斎) 1831年-1889 東海道名所之内 桑名 蜃気楼* 1863(文久3)年 錦絵 三重県総合博物館蔵
歌川芳虎 生没年不詳 書画五拾三駅 四日市* 1872(明治5)年 錦絵 三重県総合博物館蔵
山中現 1954- 1989(昭和64/平成元)年 木版・紙  
M.C.エッシャー 1898-1972 物見の塔 1958年 リトグラフ・紙  
伊藤利彦 1928-2006 ペディメントのあるレリーフ 1989(昭和64/平成元)年 ラッカー、コラージュ・木  
伊藤利彦 1928-2006 窓の中の箱 B 1987(昭和62)年 ラッカー、コラージュ・木  
村山槐多 1896-1919 詩『宮殿指示』(みなさま御覧なされ・・・)  1918(大正7)年 インク・紙 公益財団法人岡田文化財団寄贈
宮田脩平 1933- ピラミッド  1981(昭和56)年  
宮田脩平 1933- おとぎの国 1981(昭和56)年  
保田春彦 1930- 柱と壁 1989(平成1)年  
ラモーン・デ・ソト 1942- 沈黙の建築 IV   1997年  
サルバドール・ダリ 1904-1989 パッラーディオのタリア柱廊 1937-38年 油彩・キャンバス  
石井茂雄 1933-1962 不詳(崩壊する都市、落下する人体) 1958(昭和33)年 エッチング、アクアチント・紙  
石井茂雄 1933-1962 不詳(洞窟のむこうに見える都市、人々) 1959(昭和34)年頃 エッチング、アクアチント・紙  
石井茂雄 1933-1962 不詳(崩壊する都市、壁) 1958(昭和33)年、1994(平成6)年再刷 エッチング、アクアチント・紙  
石井茂雄 1933-1962 人工山脈 1960(昭和35)年、1994(平成6)年再刷 エッチング、アクアチント・紙  
恩地孝四郎 1891-1955 アレゴリーNo.2 廃墟 1948(昭和23)年(1988年再刷) 木版・紙  
岡鹿之助 1898-1978 廃墟 1962(昭和37)年 油彩・キャンバス  
オノレ・ドーミエ 1808-1879 『古代史』より「エンデュミオン」 1842 リトグラフ・紙  
鈴木金平 1896-1978 中村彝像 1923(大正12)年頃 油彩・板  
中村彝 1887-1924 中原悌二郎像 制作年不詳 コンテ・紙  
小川詮雄 1895-1944 MONOOMOI 1915(大正4)年頃 インク・紙 小川源茂氏寄贈
小川詮雄 1895-1944 スケッチブック 制作年不詳 鉛筆・紙 小川源茂氏寄贈
小川詮雄 1895-1944 スケッチブック 制作年不詳 鉛筆・紙 小川源茂氏寄贈
池田満寿夫 1934-1997 私は眠り続ける A 1969(昭和44)年 ドライポイント、 ルーレット、 エングレーヴィング・紙  

 

*次の二点は、会期中展示替えを行います。

「東海道名所之内 桑名蜃気楼」 展示期間:5月16日(土)〜6月3日(水)

「書画五拾三駅 四日市」      展示期間:6月4日(木)〜6月28日(日)

 

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