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甲谷武のこと

 

 甲谷は、1980年代以降、白いレリーフ作品によって現代美術界で注目を集めてきたが、彼は美術学校で系統的な美術教育を受けたわけではない。高校卒業後に小野康夫や足代義郎らから絵画について教えを受けたという。

 甲谷は独学で美術研究を続けて、1969年から主体美術協会に、また1973年からはモダンアート協会展に出品するようになった。その頃、周囲の勧めで自宅近くの企業に社員として籍を置いたが、頭の中は美術のことでいっぱいであったという。

 今も残されている初期の油彩画は、どこかパウル・クレーを連想させるような淡い色調で描かれた町並みなどをテーマにした半具象作品だが、そこに感じられる一種の清潔感は後の白いレリーフ作品に通じると筆者には思われる。

 その後の甲谷は抽象表現への指向を強めて、スクラッチの技法を使った白と黒のみのモノクロームの抽象表現主義的作品を制作している。しかし、こうした作品の制作はながく続かなかった。表現主義的な描法、鳥など実在するものにインスパイアされた表現が甲谷の感覚にはそぐわなかったのだろうか。

やがて甲谷作品は、白いレリーフへと移行していった。「白の構造」と題されたレリーフ作品を発表した当初は、この種の作品を絵画として公募展へ出品することに周囲から少なからぬ批判を受けたという。しかし、甲谷は決して意志を変えるはなかった。

 最初期のレリーフ作品は後年の作品と比較すると小振りで、表されたフォルムも比較的シンプルである。それだけに、光線が生み出す明暗の効果、光線の状態によって変化する作品の表情が直截私たちに伝わってくる。

 その後、白いレリーフ作品は大形化するとともに、表現も多様化していった。当初は不整な円や矩形が中心であったが、1990年頃から輪郭が多重化された複雑な形状が登場する。比較的近年の作品で甲谷は、円、矩形などシンプルなフォルムの作品が多数制作している。様々なフォルム探求の果てに単純な形に立ち戻ったといえば、図式的すぎるだろうか。

 一見単純に見える形のなかに微細な変化を見出すことで、より大きな空間をつくり出すこと、それが近年の甲谷の問題意識であるように思われる。そこに、色彩の要素が持ち込まれるようになったことも近年の大きな特徴といえるだろう。

 2000年代に入ってから、甲谷作品は作品に着彩を施すようになった。甲谷が用いる絵具は、MAZIORA(マジョーラ)という自動車用塗料である。この塗料は、通常の油絵具やアクリル絵具と比較すると格段に高価なだけではなく、塗布にも経験と技術が必要であるという。しかし、甲谷がこの塗料を使用する最大の理由は、光線の状態や見る角度によって、色彩が様々に変化する特性を持っているからだという。

 白い作品も光線の状態によって、表情を微妙に変化させる。そこには、光に対する作者の繊細な感覚を見て取ることができる。しかし、MAZIORA(マジョーラ)の使用によって、作品の表情はより豊かになった。

甲谷は色彩と光とを不可分のものとして見ている。「光は色彩のすべてを含む、可能性の根源であると考えます。」という言葉には、甲谷武という作家の最も基本的な思想が端的に現れているといえるだろう。

(もうり・いちろう 三重県立美術館)

 

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