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友の会だより文集抄

常設展の魅力 常設展示こそ、本来の美術鑑賞の場

毛利伊知郎

 今日では美術館の活動は多岐にわたっていますが、その最も根幹をなすのがわが国では常設展と呼ばれることの多い所蔵作品の展示です。常設展示を構成している所蔵品(コレクション)とその形成(収集)をベースに、展示、保存、教育、調査研究など様々な美術館活動が行われています。

 美術館の展示というと、会期限定の企画展や特別展に眼が向けられがちですが、美術館の真価は、常設展とそれを構成するコレクションにあるということができます。

 企画展、特別展と呼ばれる展覧会も、コレクションが存在しなければ実現は困難です。公私の区別、あるいは規模の大小を問わず、美術品のコレクションが存在しなければ、展覧会は成り立たないのです。このことは普段ほとんど意識されませんが、当然のことです。これだけでも、コレクションとその形成が重要だということはお分かりいただけるのではないでしょうか。

 美術品が安住の地を得ることは、たやすいことではありません。時の流れの中で様々な理由から、美術作品は行方知れずになる危険性と直面しています。数十年、場合によってはさらに長期間所在不明であった美術品の再発見が大きなニュースになるのは、単なる驚きからだけではなく、再びその作品を鑑賞することが可能になった私たちの本能的ともいえる喜びが背景にあるからだと私は思います。

 美術館のコレクションに加わった作品は、よほどのことがなければ所在不明になることはありません。海外では、新たな購入資金を獲得するために美術館がコレクションを手放すこともありますが、それは稀なことです。ある美術作品が常に同じところに存在するという安心感、それはいつも好きな音楽を聞くことができ、いつも好きな小説を読むことができる安心感と同じものです。

 このことを鑑賞する私たちの側から言うと、同じ美術品を繰り返し鑑賞することに大きな意味があるということになります。文学や映画、音楽などと同じように、美術作品の鑑賞は一度で完結するものではありません。何度か同じ作品に接することで、自らの成長や心の変化を感じ取ることが可能になります。複数回同じ作品を鑑賞することによって、その作品に対する理解が深まるだけではなく、私たちが自らをより深く見つめ直す体験が可能になるのです。こうした芸術鑑賞が身近なところでできるのが、美術館の常設展示だというわけです。

 ところで、美術館の常設展示室にある作品のほとんどは、美術館の所蔵です。実は、美術館の所蔵というのは、私たち市民みんなの所蔵という意味です。美術館は私たちの美術品コレクションを管理している施設なのです。自分たちのコレクションを見ないのは、もったいないの一言につきます。

 市場経済至上主義が日本に蔓延してから、美術展も経済性を優先して組織されることが多くなりました。昨今、大都市で開催される観客の大量動員をめざした展覧会の多くには、そうした経済的論理が働いています。しかし、観客があふれかえった特別展の目玉作品が所蔵美術館の常設展示室で展示された際には、それを誰にも邪魔されず独占できた体験を私は何度か持っています。

 常設展示室にこそ美術鑑賞本来の姿があると言っては、言い過ぎでしょうか。三重県立美術館は、2年度に開館30周年を迎えます。その間にコレクションは確実に成長してきました。そうしたコレクションとその展示(常設展示)を大事にした美術館活動こそが、長い目で見たときには本当に重要ではないかと常々思っています。

 

友の会だより、no.85、2010年11月30日発行

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