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ドガ《裸婦半身像》 1891頃

ドガ、エドガー(1834-1917)
裸婦半身像
1891年頃
コンテ、赤チョーク・紙
43.0×50.0cm

(財)岡田文化財団寄贈 

 

ドガ《裸婦半身像》 1891年頃

 

  きわめて簡潔な手法で描写された裸婦の習作ながら、一瞬の動きが生き生きと捉(とら)えられ、今にも動きだしそうなほど、確かな実在感が与えられている。
 エドガー・ドガは、一般には印象派の画家の一人として日本に紹介されている。確かにモネやピサロとも交流があり、印象派展にも出品しているが、実際にはドガの関心はモネたちとはかなり異なっていた。
 すなわち風景よりも人物や馬、一瞬の光よりも動きをとらえることに彼の関心は注がれ、、競馬場やバレエの主題を好んだのである。
 彼の作品はしばしばカメラがとらえたスナップショットにたとえられる。実際、このころ普及し始めた写真の視覚はドガに新鮮な驚きを与えたにちがいない。しかしドガの卓越した素描力は、スナップショット的な一瞬にすら、古典絵画のような永遠性を与えている。 (土田真紀 中日新聞 1997年4月18日掲載) 


 

  同じ裸婦を描いても、印象派のドガとルノワールは全く異なった視線をモデルに向けていたようだ。ルノワールは南フランスの温暖な気候と豊穣な大地を愛するように、素朴で母性あふれる女を描いた。彼の裸婦は、画家の温かいまなざしに見守られ、古代の楽園を自由に遊んでいる。
 ではドガの絵のなかの女たちはどうだろうか。踊り子、カフェの女、洗濯女。まず、こうしたモチーフが浮かんでくるが、彼女たちは幸福だろうか。というよりも幸福そうに描かれただろうか。ドガの描写は、容赦なく女たちのありのままを捉えている。
 休憩中に男とあいびきする踊り子、ぼんやりと寂しげなカフェの女、あくびをする洗濯女。よく、ドガは女嫌いの画家だと言われる。彼が生涯独身だったことも手伝い、そうした伝説が生まれたようだが、それは今日、誤った解釈として否定されている。
 矛盾と偽善に満ちた社会を痛烈に批判した画家ドガは、まだ女性に参政権も教育を受ける権利もなかった時代、知的で進歩的な女性の友人をもち、社会の底辺に沈む不幸な女たちの現実の姿を描いたフェミストの一面をもっていたのである。(荒屋鋪 透)サンケイ新聞1990年8月5日掲載 


 

   古代ギリシャ・ローマ神話から選ばれたモチーフであろう。これと同じポーズの素描類が他にも数点残っていることから、推測するところ、女神ディアナが水浴している場面だと思われる。
 興味を引くのは、この作品の複雑な制作の仕方であろう。紙にコンテで描かれた素描に、別の紙を重ねて、プレス機で挟んで刷り出し、もう一点の左右反転させた素描を作り出す。
 それにパステルなどを塗り込んで、新しい作品にする。ドガはこうしたやり方で、同じモチーフから何点も作品を生み出す版画に似た実験を行った。「裸婦半身像」もそうした手法の一点である。
 理想の形態を実現するまで、執ように同一テーマを追求し続けたドガは、通常、印象派の画家だといわれるが、厳密にはそうではない。
 印象派、象徴派、宮学派が入り乱れて競争する十九世紀フランスにおいて、印象派の仲間たちと親交を結びつつも、その枠を遥かに超えて、種々の作風を探り入れながら自己の様式を確立した個性的な画家がドガである。(中谷伸生)サンケイ新聞1991年9月15日掲載 


 

   印象派の仲間に数えられるドガは、しかし古典主義的な素養を積んだ画家でもあった。この作品もそうした伝統に則った裸体習作と見なしうる。
 他方ここでは、紙の表面の凹凸に応じてかすれた黒や赤茶色の筆致が、勢いを失うことなく人体の重さやバネを浮かびあがらせる。簡素な小品であるだけになおさら鮮烈といえよう。
 光があたった左側の薄さと、画面右側の腕や頭部左側の輪郭の濃さとの対比、線の重ね描き、赤茶の微妙な変化などを補助としつつ、何より芯のとおった曲線の動きが、人体の量感とそれを包む空気の存在を感じさせずにいない。
(石崎勝基)中日新聞2009.6.19掲載

 

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