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美術館 > コレクション > 所蔵品解説 > シャガール 《サーカス》 1967年 解説

シャガール《サーカス》 1967

 

マルク・シャガール(1887 ロシア -1985)

版画集《サーカス》 全38点
1967年
リトグラフ・紙
42.0×32.0, 42.0×64.0cm
(財)岡田文化財団寄贈

 

 楽器を奏でる人物やロバに乗った母子像、さらにロシアの教会堂や村の家並みなどは、シャガールが、しばしば描いたものである。
 シャガールといえば、多くの人々が、甘美な夢の世界を思い浮かべるかもしれない。けれども、故郷のロシアの村と、活動場所であったパリの都、あるいはユダヤ人シャガールにとってのユダヤ教と、それに対する、いわゆるヨーロッパのキリスト教との複雑な関係を忘れてはならない。
 その意味では、これほど日本人に好まれながらも、これほど日本人に誤解されている画家も珍しい。
 ともかく、シャガールの作品には、こうした深い内容が、みずみずしい感覚によって表現されているのである。 (中谷伸生 中日新聞 1991年11月15日掲載)

 


 

  一九二七年に、画商ヴォーラールからサーカスをテーマとした版画集の制作を依頼されたが、三十八点からなるリトグラフのシリーズ「サーカス」が完成したのは、ヴォーラル没後の一九六七年であった。
 シャガールは「わたしにとって、サーカスは、小さな世界のように過ぎ行き、溶けていく魔術的な見世物である。騒がしいサーカスがあり、隠れた深さをもつサーカスがある」「すべての演劇的催物のなかで、もっとも悲劇的である」と述べている。
 サーカスは人間の根源的な喜怒哀楽が交錯する舞台であり、永遠の愛を希求するシャガールにとっては恰好のテーマとなっていた。
 シャガールの画面によく登場する天使、花束、鳥、月日に加え、道化、アクロバット、踊り子、あるいは楽器などが、自由に軽やかな色彩と形態を伴って描かれたこのシリーズは、シャガール晩年の秀作である。(森本孝)サンケイ1989年4月9日掲載

 


 

  高名な画商ヴォラールとシャガールの二人が、サーカスを主題にした版画集の構想を練ったのは、1930年代のことであったという。しかし、その計画は、ヴォラールの不慮の事故死のために中断され、三十年以上もの後に、ヴォラールと同様の情熱をもつテリアドなる人物の勧めによって、シャガールは、ようやくこの版画集を完成する。
 サーカスについてシャガールは、かつて次のように語っている。「サーカスは最も悲しいドラマだと私には思われる。何世紀にもわたって、それは人々の娯楽や喜びを探し求めた者の、このうえもない鋭い叫びであった」。
 おそらく、シャガールは、故郷ロシアのユダヤ人村を巡っていたサーカス団の興行を、少年時代から興味深く眺めていたのであろう。
 鮮やかな色彩と優雅な線描が織りなすサーカスの世界は、シャガールにとって、世間の人々がしばし語る甘い夢の世界ではなく、まぎれもない現実そのものであったにちがいない。(中谷伸生)サンケイ1990年2月4日掲載

 


 

  エコール・ド・パリの画家シャガールは、ロシアの街ヴィテブスクのユダヤ人家庭に生まれた。今世紀初頭に登場した芸術家の多くがそうであったように、彼もまた人種や民族の悲劇、都市生活者の苦悩を背負いながら制作をつづけた画家である。
 ここに描かれたサーカスは、シャガールが頻繁にとりあげた主題であり、サーカス小屋の情景に人生のドラマを投影する内容をもっている。この版画と同じ時期につくられた、よく似た構図の「サーカス(大)」という油彩画があるが、そこでは、ビザソチン美術にみられるような、神の手が頭上から差し出され、画面は宗教的で荘厳な雰囲気につつまれている。版画にはその神の手がなく、かわりに大きな時計が掲げられているが、この時計は一体何だろうか。
 シャガールには「時は岸辺のない河である」という題名をもつ別の油彩画があり、そこにも時計が登場するのだが、オヴィディウスの「転身物語」に由来するその題名は、時間の流れと人生の変転を重ねあわせた寓意をもっているようである。とすると、このサーカスの時計もまた、人生の時の悪戯(いたずら)を象徴したものかもしれない。(荒屋鋪透)サンケイ新聞1993年1月11日掲載 

 


 

 ロシアの碵学バフチーンはヨーロッパの民衆文化の中で育まれた「笑い」について論じた書物において、中世の民衆劇やルネサンスの祝祭に見られるさまざまな種類のドラマが、近代に入り、サーカスに受け継がれていくことを例証している。例えば、太った赤ら顔の老人とやせて背の高い青年がサーカスには登場するのだが、そのコンビはかつて復活祭で演じられていた芝居に源をもつのだという。サーカスには、このような長い伝統をもつ見世物の要素が混在しており、画家シャガールはまず、そのドラマを絵画に表現しようと試みたようだ。優しい目をした動物たち、空を飛ぶ人間、鮮やかな色彩と光の供宴。しかし作品に現れた世界は、楽しく滑稽(こっけい)なもので満たされているようで、どこか悲しげであり、見世物を描いておりながら、まるで現実世界を映し出したように深い内面性をその中に秘めている。(荒屋鋪透・中日新聞1994年7月15日)

 

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